第19話

 宮本先生が自宅に来た日の夕方、処分の内容を校長室で言い渡すと連絡があり、自宅待機から三日目の午前中に僕は母親を伴い学校に来ていた。


 今の時間はちょうど授業中であり、校庭で体育の授業中の生徒以外は教室にいるので、知り合いに会うことなく職員室まで辿り着くことができた。


「遠山くん、それじゃあ校長室まで行きましょう」


 処分は校長室で校長自ら言い渡すそうだ。宮本先生に連れられ校長室の前にやってきた。

 どんな処分でも受け入れる覚悟はあったが、将来を左右するかもしれない処分の言い渡しに僕は校長室の扉の前で緊張していた。


「それじゃあ入りましょう」


 一体どんな処分が下されるのだろうか。



 処分言い渡しはそれほど長い時間はかからず、あっさりと終わった。


 結論から言うと謹慎一週間とういう処分が下された。


 停学や退学と謹慎の違いは法的効果を伴うか伴わないかの違いということだそうだ。更に詳しく説明すると停学や退学は指導要録への記載が必要になるが、謹慎は記載の必要がないということらしい。


 つまり謹慎は学校が独自に定めた処分で欠席扱いになるという一番軽い処分となる。


 謹慎の理由として暴力行為は認められるものではないが、相手にも落ち度があり怪我も無かったこと、そこに至るまでの過程や事情を考慮すると情状酌量の余地もあり、本人も反省している点からも謹慎が妥当との判断だそうだ。


 僕はホッと胸を撫で下ろした。ここで停学や退学であったなら両親を悲しませることになる。


 僕は深く反省し処分を受け入れた。


 ちなみに倉島と谷口に関しても僕と同じ謹慎一週間という処分が下されたようだ。


 上原さんの下駄箱への中傷のチラシの犯人は分かっておらず、グループチャットの誹謗中傷も誰なのか特定できていない。グループチャットの嘘のメッセージを見た倉島と谷口は、嘘を信じてしまい中傷の言葉を上原さんに発してしまったということになっている。


 当然、上原さんに言葉の暴力を浴びせた彼らに非があるが、反省の言葉を述べているから謹慎が妥当ということになったと説明があった。


 話を聞けば聞くほど落とし所はこんな感じかなという感想だった。心情的には嘘を広めた連中を特定して、それ相応の罰を受けさせたかった。


 ――何もできなかったなぁ


 僕は無力感に苛まれ結局は平凡な高校生なんだと痛感させられた。



◇ ◇ ◇



 謹慎中は課題をやったり反省文を書いたりしている。先生が不定期で訪問して課題や反省文の確認をして帰っていく。


 当然外出は禁止されている。

 とはいえ読書が好きな僕は読書をして時間を有効に使うことができるので退屈することはなかった。


 不満があるといえば高井に会えないことだろうか。

 謹慎期間中スマホの使用は禁止されている。没収されてはいないが親預かりとなり誰とも連絡できない状態である。

 

 まあ、普段からスマホでメッセージするのは高井とセックスする約束の時だけだからそれ以外では不便さは感じない。


 反省を促す意味での謹慎なのだから贅沢を言ってはいけない。わずか一週間の間だ、課題と反省文に取り組もう。



◇ ◇ ◇



 処分決定から一週間が経ち謹慎が解除され、今日から学校に復帰することになった。


 この一週間は本も好きなだけ読めたし退屈せず悪くは無かった。もしかすると引きこもりの素質があるかもしれない。あっても嬉しくは無いけど。


 朝食を済ませ制服に着替え出かける準備が終わり階段を降りるとセーラー服姿の妹が待ち構えていた。


「お兄ちゃん、今日は一緒に登校しよ!」


 妹の菜希なつきが僕の腕をしがみついてきた。

 謹慎期間中は毎日お兄ちゃんが朝から晩までいて嬉しいとか言っていた。相変わらず兄離れできないブラコンの妹だった。


「じゃあ、今日は一緒に行くか」


 菜希がトラブルに巻き込まれないように一緒に行動するのは止めていたが、さすがにもう大丈夫だろう。


「やった! じゃ行こ!」


 僕は一週間ぶりの日の光を浴びた。

 その柔らかな光は眩しくて暖かくて身体と心に活力が戻ってくるのを感じた。人間も光合成しているんじゃないかと思った。


 ふんふ〜ん――


 菜希はご機嫌で鼻歌を歌いながら僕と腕を組んでご満悦だ。


「菜希それにしてもご機嫌だね」


「だって二週間近く一緒に登校してなかったんだよ? 嬉しいに決まってるじゃん」


「毎日、家で会ってるじゃないか」


「それとこれとは別なのぉ」


 そうなんだ……僕にはちょっと分からなかった。しかし妹もこんな調子で兄と一緒に登校していていいのだろうか? 仮にも思春期の女子が兄といえ、男と腕を組んで歩いていたら何も知らない人は誤解すると思うんだ。


「なあ、菜希」


「なぁに、お兄ちゃん?」


「外歩く時は腕を組むの止めない? 普通の兄妹は組まないと思うよ」


「えーそんなことないよぉ。クラスの洋子ちゃんがキスくらいは当たり前だって言ってた」


 洋子ちゃんて誰? しかもキスって……。


「そのクラスの洋子ちゃんとやらは多分、間違ってると思うんだ」


「どうして?」


「兄妹で普通キスはしないと思うよ」


「そうなのかぁ……」


 今日は久しぶりに一緒に登校するからと菜希を甘やかせ過ぎたようだ。


 そろそろ校門も近くなってきたしこれは目立ち過ぎる。心を鬼にして妹を引き剥がしにかかる。


「あ、ちょっとお兄ちゃん止めてよね!」


 僕は腕を振り解こうと試みるが菜希の抵抗にあい、校門まで辿り着いてしまった。


「遠山ぁ、待ちくたびれたよ〜」


 校門付近から走りながら声を掛けてくる女子生徒を視界の隅で捉えた。緩くパーマをかけた茶髪のギャルは、その豊かな胸を揺らしながら僕に走り寄ってきた。


「遠山、おはよう! 久しぶりだね」


 そう言って上原さんが菜希の組んでいる腕の反対側の腕にしがみ付いてきた。

 妹と上原さんと腕を組み、美少女二人をはべらせるラブコメの主人公のような状況になってしまった。


 一週間休んでいる間にここはラブコメ学園になってしまったか?


「あ、ちょっと! そこのオッパイ星人! 何やってるのよ」


「菜希ちゃん、おはうよう。そろそろ校門だからあなたは中等部に行ってもいいわよ」


 そう言って上原さんは僕の腕を引き寄せる。押し付けられた上原さんの大きな胸が当たりその感触が気持ち良い。


「あ、ちょっとなにオッパイ押し付けてるんですか? 油断も隙のないんだから」


 なんか凄く目立ってしまって逆に居心地が悪くなってきた。久しぶりの登校早々に悪目立ちはしたくない。


「注目され始めたから菜希も上原さんも離れて」


 僕は腕を外し二人から逃れることに成功した。


「ほら、菜希は上原さんにちゃんと挨拶をして」


「はあい、上原先輩おはようございます」


 よし、ちゃんと挨拶できたな。


「それじゃあ、僕と上原さんは行くからね」


 このままだと菜希がなかなか中等部に向かわないので、妹を置いて高等部に早足で向かった。


「お兄ちゃんのいけず〜」


 妹よ、その言葉はどこで覚えたんだ? 例の洋子ちゃんかな?


「あ、遠山ちょっと待ってよ〜」


 僕は二人から逃れる為に上原さんも置き去りにして校舎へ向かった。


「もう、なんで置いていくのよ!」


 追いついてき早々に上原さんは文句を言ってきた。


「だって久々に登校してきて目立つの嫌だし」


「ちょっと悪ふざけしちゃったのは謝るよ。久しぶりに会えたからなんか嬉しくてつい」


 上原さんは申し訳なさそうにシュンとしてしまった。


「そんなに落ち込まないで。僕も上原さんの顔を久しぶりに見れて嬉しいよ」


「ホント⁉︎ 良かった〜」


 シュンとしていた上原さんの表情がパッと明るくなった。


「上原さんは元気そうで何よりだよ」


 あんな目に遭ったけど落ち込んだりしていなようだ。


「うん……遠山が守ってくれたから……あの時、私の為に怒ってくれて嬉しかった」


 上原さんは潤んだ瞳で上目遣いに僕の顔を覗き込んでくる。


「あの時は怖い思いをさせちゃってゴメン」


 僕が言い放った暴力的な言葉に、暴力的な行為。その姿は上原さんには恐ろしく映ったに違いない。


「ううん、そんなことないよ……遠山、男っぽくてカッコ良かった……」


 上原さんは僕に熱い視線を送ってくる。

 さっきから顔が赤いし上原さんの様子がおかしなことになっている。


「そろそろ教室へ急ごう。遅刻しちゃうよ」


「あん、遠山待ってよ」


 菜希とグダグダやっていたのもあり、このままだと遅刻してしまう。僕は再び上原さんの置き去りに教室へ向かった。

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