第13話

 今日の放課後は図書委員の当番だ。

 嫌がらせの件もあり早く帰りたかったがサボるわけにもいかない。僕は重い足取りで図書室に向かった。



 図書室で業務を始めると今まで憂鬱だった気分も少し落ち着いてきた。本に囲まれた環境というのは僕には癒しだった。


「本の返却に来ました!」


 上原さんが図書室に本の返却にやって来た。彼女はお昼休みの教室の違和感に気付いてはいたが、今は気にしていないようだった。


「ねえ、今日一緒に帰らない? 本屋に寄って行こうよ」


 上原さんはスッカリ本好きになり、図書室に置いていないような本を探しに行くのが楽しみになっているようだった。

 活字離れが叫ばれる中、本好きが増えるのは喜ばしい事だ。


「ごめん、今日は用事があるから家に帰らなきゃならないんだ」


 嫌がらせの件もあり上原さんとは学校外での交流は控えようと思い嘘をついた。


「そうなんだ。また今度一緒に行こうね」


 いつになるかも分からない約束を上原さんと交わす。彼女には申し訳ないけど嫌がらせの件が片付くまでは無理だろう。


「せっかく誘ってくれたのにゴメン」


「うん、気にしないで。今日は私一人で行ってくるから」


 そういって上原さんは図書室を出ていった。


 こうやって嘘を吐くのもイヤなものだな……せっかく楽しみにしてくれている上原さんに対して心が痛む。


 嫌がらせは僕にダメージを与えているようだ。誰だか知らないがそいつの思惑通りになっているのが気に入らないことで僕は苛立ちを覚えた。


 僕は深い溜息を吐き顔を上げると図書室の席に腰掛けている高井と目が合った。直後、彼女は席を立ち上がりカウンターまでやってきた。


「この本の貸し出しをお願いします」


 僕は本の貸し出し処理をしながら鬱屈とした気持ちを抱えていた。


 ――ヤリたい。


 ストレスを抱えた僕は性欲が高まり目の前にいる高井に欲情し、制服のズボンに膨らみを作っていた。


「返却は二週間後です」


「ありがとう」


 本を受け取りカウンターを離れようとしている高井に僕は声を掛けた。


「高井……今日、家にいっていい?」


 高井が口を開くまでのほんの数秒が長く感じる。


「待ってる」


 誰もいない静寂に包まれた図書室に高井の声が響いた。彼女はそのひと言だけを発して図書室を後にした。



 図書委員の業務を終えた僕は学校を飛び出し、はやる気持ちを抑え高井の元へと急いだ。



 先に帰っていた高井はシャワーを浴びていたかもしれないが、彼女の部屋に行くまで我慢出来なかった僕はシャワーも浴びず、リビングで彼女を抱いた。



「なんか乱暴にしてしまってゴメン」


ストレスを溜めていたせいか高井を荒々しく扱ってしまったことを謝罪した。



「ううん、私は大丈夫。佑希は私が求めた時に一度も拒否したことがない。だから求められれば私はいつでも貴方を喜んで受け入れる。貴方と私はそういう関係だから」


 高井は怒るどころか、いつでも喜んで僕を受け入れると言ってくれた。


「ありがとう……そう言って貰えて少し気持ちが軽くなった」


 これほど高井を自ら求めたことは今まで無かった。嫌がらせのストレスのせいかもしれない。

 でもお陰で落ち着くことができた。彼女には感謝しかない。


「今日、なにかあったでしょう?」


 いつもの僕と違うと感じていたのだろう高井が優しい口調で問い掛けてきた。


「いや……それは……」


 僕が言葉を濁していると高井はソファーの脇に置いてあった自分のスマホを操作し差し出してきた。


 スマホの画面に映し出されていたメッセージを見て僕は愕然とした。


 ――こ、これは……いったいどういう事だ?


 僕はそのメッセージを見た瞬間、怒りを通り越しなにが起こっているか分からなかった。


 そのメッセージは匿名のチャットグループの会話のようで、おそらくクラスの連中のチャットのログだった。

 そこに書かれていたのは僕だけでなく上原さんへの誹謗中傷の書き込みだった。



<上原さんてヤリマンらしいよ>


<え? マジで? 頼めばヤラしてくれんの?>


<いや、金取るらしいよ>


<それ、ただの援交じゃん>


<ショックだなぁ上原さんそんな人だったなんて>


<でもさ金払えばやらしてくれるなら俺払うよ>


<確かにヤリマンでも顔は良いし身体は最高だよな>


<ホント、あの圧倒的なオッパイは堪能してみたいわ>


<倉島が振られたのは、お金を払うのを拒否したかららしいよ>


<マジで? 倉島も可哀想だな>


<今、ほらクラスの地味な奴いるじゃん、なんて言ったけ? 女みたいな男と仲がいい奴>


<遠山のことか>


<そうそう、上原はアイツと援交してるらしいぞ>


<クラスの女子が遠山がお金を渡すの校舎裏で見たって言ってたよ>


<そうじゃなき上原みたいな良い女が遠山なんかと相手なんてしないよな>



 チャットのログには根も葉もない嘘や中傷誹謗が書き込まれていた。


 ――な……んだ、これは……僕は心臓の鼓動が大きくなり自分でも聞こえるくらいだった。目の前がチカチカして呼吸が苦しくなる。


「今日の昼休みに入った途端招待された」


 昼休みといえばクラスの他の生徒の様子がおかしかった時だ。


「僕には来なかった……そういえば千尋も上原さんもそんな様子は無かった」


 放課後、図書室で会った時も上原さんは普通に振舞っていた。


「これは佑希たちだけ外してクラス中の生徒に送ったんだと思う」


 クラスメイトの僕達への不快な視線はこれだったのか……。

 高井は僕と教室内では他人のフリをしているから仲間だと思われなかったんだ。


 それにしても僕だけでなく上原さんまでターゲットになってしまったというのか……なぜだ? 彼女はクラスの人気者じゃないのか? それとも、可愛さ余って憎さ百倍というやつなのか?


「僕のせいだ……僕が上原さんと関わらなければこんな事にはならなかった……

クソッ!」


 僕は自責の念に駆られ両手の爪が食い込むほど拳を強く握り込んだ。


 落ち込み、項垂うなだれた僕の頭をフワリと柔らかくて良い匂いが包み込んだ。


「自分を責めないで。佑希は悪くない」


 高井が僕の頭を胸に抱いて慰めてくれている。


「でも、どうすれば……」


 このままではクラス中の悪意に上原さんがさらされてしまう。僕は誹謗中傷されようが構わない。

 でも、彼女だけは……どうにかしなければ。


「どうすればいいか私にも分からない。でも今は耐えて。そして佑希は上原さんを守ってあげて」


「……分かった。高井は僕たちとは今までと同じように接して欲しい。高井まで巻き込まれたら僕は悔やんでも悔やみきれなくなる」


「私は大丈夫。今まで通りクラスでは空気のままだから」


  そういって高井は僕を抱きしめた。彼女の裸の胸に包まれ僕は心を落ち着かせることができた。


 この誹謗中傷を画策した奴は許さない。絶対に見つけ出して後悔させてやる。

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