第14話
僕は眠い目を
チャットメッセージで中傷を画策したのは倉島か上原さんに好意を抱いている男子が犯人と考えたが、よく考えたら女子の可能性も視野に入れる必要がある。
メッセージの中にあったひとつのメッセージ。
“クラスの女子が遠山にお金を渡すところを校舎裏で見た“
という嘘の書き込みがあった。上原さんに好意を抱いている男子のことを好きな女子が、逆恨みして嘘や誹謗中傷をしている可能性もある。
クラス内の誰かであることは間違いないとは思うが、どうしたら尻尾を掴めるのか全く見当が付かない。
いきなり壁にぶち当たり無力感で僕はキッチンのテーブルに頭を突っ伏した。
「お兄ちゃんどうしたの? 体調でも悪い?」
朝からぐったりしている僕を見て妹が心配して声を掛けてくれた。
「ちょっと寝不足なだけだから大丈夫」
突っ伏したテーブルの上で顔だけ上げ、心配を掛けないように努めて平静を装った。
「なんか昨日帰って来るのが遅かったもんね。ちゃんと睡眠は取らないとダメだよ。睡眠不足は寿命が縮むらしいよ」
昨日は高井と一緒にいた時間が長かったから帰りが遅くなったわけだが、女子と一緒にいたなんて言えない。
「ああ、気を付けるようにするよ。僕が死んじゃったら菜希が悲しむしな」
「そうだよ、お兄ちゃんの匂いが嗅げなくなったら菜希はどうすればいいのよ?」
心配なのは僕の命より匂いなんだ……変わり者の菜希らしくて微笑ましい。妹のお陰で少し活力が湧いてきた。
「菜希、ありがとな」
「うん? 感謝されるようなことしてないよ。お兄ちゃんなんか変」
「いや、菜希にはいつも元気を貰ってるよ」
僕は妹の頭にポンと手を乗せた。
「ちょっと、子供扱いしないでよ〜」
菜希は恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに破顔した。
そうこうしている間にも時間は過ぎ、そろそろ家を出なければ遅刻してしまう時間だった。
――だけど学校に行くのが怖い。
僕が嫌がらせを受けるのは別に構わない。
だけど周りの大切な人たちが傷付くのが怖い。
でも……高井と約束した。上原さんを守ると。
だから――
僕は歯を食いしばってでも行かなければならない。
上原さんを悪意から守るために。
「それじゃ学校行ってくるよ」
「あ、菜希も一緒に行く!」
中等部とはいえ同じ敷地内にある同じ学校だ。誰が見ているか分からない以上菜希と一緒に姿を現すわけにはいかない。
「ゴメン一緒に登校できない。悪いけど菜希は一人で行って欲しい」
「え⁉︎ どうして? やっぱりお兄ちゃんなんか変だよ。理由を教えて」
「それは言えない。僕は菜希が大切だから一緒に行けないんだ。それは分かって欲しい」
理由を話したら菜希は憤慨し必ず何かしらの行動を起こすだろう。その行動を察知した犯人は菜希もターゲットにしてくる可能性がある。これ以上誰も巻き込みたくない。
「……分かった。お兄ちゃんがそこまで言うのなら、もう聞かない」
「うん、聞き分けの良い子は好きだよ」
何とか菜希を説得することが出来た僕はホッと胸を撫で下ろす。
「じゃあ、僕は先に行くからね」
「うん、分かった」
こうして僕は妹と別々に登校することとなった。
◇
学校に到着すると下駄箱に何も無いことを確認し、上履きに履き替え教室へ向かった。
僕は教室の前で深呼吸し意を決して教室の中に踏み込んだ。
――っ!
教室に入るなり一斉に生徒の視線が僕に集まった。ほとんどの生徒があのメッセージを見ているはずだ。その大部分は嘘の話を信じていることだろう。
上原さんは……教室内を見回してみたが姿は見えない。まだ登校していないようでホッとする。だが、彼女はこの好奇の視線に耐えることができるのだろうか?
地味な陰キャと呼ばれて普段からそれを受け流している僕でも気持ち悪さを拭えない。
家を出たのが遅かったからか今日は千尋の方が先に教室に来ていた。
「千尋、おはよう」
僕はイスに座って前を向いている千尋の背後から声を掛けた。
「佑希? おはよう……」
振り向いた千尋は明らかに浮かない表情をしていた。
昨日見たメッセージでは千尋の悪口や誹謗中傷は“女みたいな男“と呼ばれていた一つだけだった気がする。
「千尋もグループチャットのことを知ってるみたいだね」
「うん……僕はチャットに招待されなかったから知らなかったんだけど、クラスの友達が教えてくれたんだ。その様子だと佑希も内容を知ってるんだね?」
「もちろん知ってるよ」
「あんな嘘を書かれて佑希は大丈夫? このままだとクラスのみんなに誤解されたままになっちゃうよ。何とか誤解を解かないと」
「僕は大丈夫だけど上原さんが心配だよ。根も葉もないことを一番書かれてるのは彼女だから」
僕に向けてヒソヒソと話をしていたクラスの生徒たちの視線が教室のドアに集まった。
上原さんがドアから教室に入ってきたからだ。クラスの生徒から注目を浴びる彼女はいつもと変わらないように見えた。
――もしかして、まだ知らない?
上原さんはヒソヒソと話をする生徒に注目されたまま何事も無かったかのように自分の席に座った。
僕は声を掛けるべきなのか判断に迷っていた。
――どうする? 上原さんに話を聞きに行くか?
デリケートな問題に悩んでいると担任の
――クソッ! タイミングを逃した!
僕は自分の判断力の無さを棚に上げ悪態をついた。
「佑希、落ち着いて」
前の席の千尋が僕の様子を見ていたようで焦らないで、と呟いた。
そうだ……まだ学校は始まったばかりだし今すぐどうこうなるわけじゃない。休み時間か昼休みになったら上原さんに声を掛けよう。
結局、休み時間に声を掛けることができないまま昼休みになってしまった。
いつもは僕たちの席にやってくる上原さんが今日は来ない。僕は彼女の席に目をやる。友達と話をしているようであれは同じカーストの
「上原さん、ちょっといい?」
このままでは埒があかないと僕は意を決して相沢さんと話している上原さんに声を掛けた。
「遠山……美香、ゴメンちょっと行ってくる」
「相沢さん、話してるところ割り込んでゴメン」
「別に気にしてないしぃ。いってらっしゃい」
急に割り込んだにも関わらず相沢さんは気を悪くした様子も見せず、手をヒラヒラと振って自分の席に戻っていった。
「上原さん、ここじゃ何だから教室を出て他に行こう」
「うん、その方が良さそうだね」
上原さんはクラスを見回しそう答えた。自分たちが注目され興味の対象になっているのを理解しているようだった。
上原さんが席を立ち僕と並んで教室の出口まで歩いていく。
『おい、あの二人……メッセージの話は本当なのかな?』、『校舎裏でお金の受け渡しするんじゃない?』、『いや、学校でそんなことするわけないだろ。アレはデマだって』など聞こえてきた。まだ噂は半信半疑といった様子だ。
ヒソヒソと会話をするクラスメイトたちを横目に僕と上原さんは教室を出た。
「上原さん、大丈夫?」
「うん、あれ位どうってことないよ。私たち何もやましいことなんてないんだから」
今の上原さんを見ていると誹謗中傷に対して思うところはあっても、特別気にしている様子はなさそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます