第12話

 上原さんが放課後図書室に通い始めてしばらくすると、昼休みにも彼女は教室で僕と千尋のところに来て談笑をするようになった。


「最近昼休みにもこっちに来てるけど、向こうのグループの連中は放っておいて大丈夫?」


「いいの別に。倉島が最近特にしつこくてさ。彼氏でもないのに束縛が酷くて本当に鬱陶しいの」


 上原さんは以前まで倉島のことを“和人“と呼んでいたが最近は倉島と名字の呼び捨てに変わっていた。


 確かに上原さんが僕たちの席に遊びに来る度に、倉島はわざわざ彼女を連れ戻しに来ていた。だがここ数日は遠巻きに見ているだけで何もしてこなくなった。諦めたのだろうか?


「この前、遠山が言っていたトレードオフの話だけど、私も自由になる方を選択してみようかと思って」


「上原さんトレードオフって?」


 隣で話を聞いていた千尋には単語を知っていても何の話か分からないだろう。


「簡単に言えば上原さんは仲間はたくさんいるけどグループに縛られてるし、僕は自由だけど友達は少ないって話」


 千尋には事のあらましをかいつまんで説明した。


「そうだね……言いたいことはなんとなく分かるよ。片方を選択するともう一つの何かを犠牲にしなければならないみたいなやつだね」


 千尋は頭が良いから今みたいな簡単な説明でも大方理解はして貰えたようだ。


「でも上原さん大丈夫なの? 倉島くんが何度も連れ戻しに来てたけど、このままだと彼に嫌われちゃうかもよ?」


 千尋は僕と違って根がいい奴なので、誰かを悪く思うことがない。それが倉島だとしても。


「嫌われても構わないわ。むしろせいせいする」


「上原さん前は倉島くんのこと下の名前で呼んでたのに随分と嫌われちゃったみたいだね」


 倉島に対する上原さんの呼び方が変わったことに僕は触れないようにしていたけど千尋も気付いたようだ。。


「もう、それは言わないで。初めて倉島に会った時はカッコ良くていいなあって思ったんだよ。下の名前で呼んで欲しいって言われた時はなんか特別っぽいなって喜んでた自分が恥ずかしい……」


 上原さんは、あの時は見る目が無かったなぁと過去の自分を思い出していたようだ。


「でも過去は過去! 私は生まれ変わって自由を手に入れるの!」


 上原さんは大袈裟なことを言っているが、上位カーストでの束縛は彼女にしか分からない嫌なこともあるのだろう。


 あれだけ執着していた上原さんに対して倉島が何も行動を起こしてこないのが不気味だった。


 僕はもう一人の自由の人、高井を見た。彼女は僕たちに関わろうとせず変わらず今日も一人だった。



◇ ◇ ◇



 翌朝、登校して上履きに履き替えようと下駄箱を開けると白いコピー用紙のような物が入っていた。


 そこには殴り書きしたような文字でこう書かれていた。


『陰キャが調子に乗るなよ』


 悪意のある言葉。


 ――始まったか。


 クラスで人気の上原さんが最近僕と仲良くしているのが原因なのは間違いないだろう。これをやったのは個人なのかグループなのか、倉島が絡んでいるのか分からないが、いずれ分かるだろうと思っている。

 僕はこの程度では何とも思わないが、上原さんに気付かれると自分のせいだと責任を感じてしまうかもしれない。

 問題は僕以外の人が標的になるのが一番恐れていることだ。一番身近な千尋のことが心配だが彼は僕と違って人当たりも良く、他の生徒と満遍まんべんなく仲良くしているから大丈夫……だと思いたい。


 僕は警戒を忘れず、その日を何事もなく一日を終えることができた。



◇ ◇ ◇



 下駄箱に紙が入っていた翌日、僕は登校して慎重に下駄箱を開けた。上履きがある他に何も入っていない。念の為上履きを調べてみるがイタズラされたような形跡はない。


 ホッと胸を撫で下ろし僕は教室に向かった。



 前の席の千尋はまだ来ていないようだ。

 僕はカバンを開け一限目の授業の教科書を取り出し机の中に入れようとしたが、机の奥で何かがつかえて教科書が入らなかった。

 机の中を覗き込んでみるとそこにはゴミが詰め込まれていた。取り出してみるとお菓子の袋や紙屑といったゴミで、教室に置かれているゴミ箱の中身を突っ込んだようだ。


 ――いよいよ直接的な嫌がらせをしてきたか。


 何とも面倒くさいことになってきたと僕はため息を吐いた。さて一体どこまでエスカレートするのか? コソコソと隠れて何かされるより直接嫌がらせを受ける方が相手に反撃もできるので出来ればそうして欲しい。


 嫌がらせをされている割に僕は冷静だった。もし暴力に出てきたりしても全力でやり返すつもりでいた。


「佑希、おはよう……あれ? 怖い顔してるけど何かあった?」


 登校してきた千尋が僕の顔を見るなり違和感に気づいたようで心配そうに顔を覗き込んできた。


「いや別に何もないよ。授業受けるの面倒くさくて帰りたいって思ってただけだよ」


 僕は慌ててゴミを机の中に押し込み何事も無かったように振る舞った。


「でも思い詰めたような表情だったから……何か悩みがあったら話してね」


「もちろんだよ。僕には千尋しか相談する友達はいないからね」


 場を和まそうと僕は自虐ネタで返事をした。


「そんなことは無いと思うよ。今は上原さんがいるじゃない」


 上原さんは……彼女は友達なのかな? よく話すようになったが彼女は僕の何なんだろう? ただのクラスメイト? それとも友達?

 最近はお昼を千尋と三人で一緒に食べたりしているが今ひとつ実感が湧かなかった。


 そして僕はもう一人のクラスメイトの高井に目を向けた。

 彼女はいつものように一人で静かに本を読んでいた。



 僕は今ひとつ授業に集中できないままお昼休みを迎えた。いつものように上原さんが僕と千尋の席にやってきてお弁当を広げる。


 今回の嫌がらせは上原さんが発端であると思えるが彼女に罪はない。これ以上僕と関わると彼女に嫌がらせの矛先が向く可能性も否定できない。だけど僕と一緒にいない方がいいと彼女に伝えるのも難しい。

 そのことを考えると今まで通り普通に接して様子を伺うしかなさそうだ。


 だが、今日の昼休みはいつもと違っていた。スマホ見ながら生徒同士ヒソヒソと噂話をするように僕たちを見ていた。その眼差しには軽蔑や敵意のようなものも含まれてた。

 上原さんが僕たちの輪に加わってから多少注目を浴びるようなことはあったが、今まではこんなこと

は無かった。一体何があったのだろうか?


「なんかみんなの様子が変だね。ぼくたち注目されてるような気がする」


「うん、なんか凄く嫌な感じ」


 千尋と上原さんもクラスの様子がいつもと違うことに気付いたようだ。


 結局、何があったのか分からないまま僕たちは居心地の悪い昼休みを過ごした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る