第9話

 昨晩の高井との情事、朝の妹の奇行、昼の倉島の迷惑行為と昨日から体力と精神力を削られて寝不足の中、授業中にうつらうつらと船を漕ぎながらも何とか午後の授業を終えた。


 今日は上原さんと放課後に出掛ける約束をしている。

 だが倉島にその事がバレて昼休みに絡まれるハメになった。アイツはどれだけ嫉妬深いのだろうか? それだけ上原さんに執着しているって事だ。


 そんな事情もあり正直なところ上原さんと二人で出掛けるのは気乗りがしない。しかも彼女のファンはクラス内のみならず下級生や、上級生と多岐に渡り多い。彼らに知られればこれまた面倒な事になる気がする。


 上原さんと関わりが出来てしまってから平穏な生活がおびやかされ始めているような危機感を覚える。


 僕は上原さんの事は嫌いではない。むしろ好ましく思っている。見た目はギャルだが可愛くて美人であり、スタイルも抜群で性格は優しく偏見も持っていない。

 人気があるのも頷ける。


 上原さんと親しくしたい、付き合いたい、そしてセックスしたいという願望は男として当たり前だと思う。実際、彼女の周りにはそういった気持ちで群がる男子生徒も多いだろう。そして倉島がその最たる人物なのは間違いない。


 僕はといえば上原さんと仲良くできるが平穏が脅かされるのと、関わり合わずに平穏に過ごせる事を天秤に掛けたら迷わず後者を取るだろう。なぜなら僕は高井とのセックスに満足しているからだ。


 高井とは好きだとか愛しているだとか甘い言葉を囁き合う関係ではないが、彼女と繋がっている時はとても満たされている。僕は彼女としかセックスをした事がないが身体の相性が非常に良いのだろう。


 そういった理由もあり僕は上原さんと特に仲良くなりたいと思う理由が希薄なのだ。どうせなら千尋のように本音で話し合える友達が欲しい。

 上原さんとならもしかすると良い友達になれるのかもしれない。でも、スクールカーストという壁がそれの邪魔をする。倉島と僕は相容れない。それが現実だ。


 遠山――


「遠山、聞こえてる?」


 後ろから肩をちょんちょんと突かれ物思いにふけっていた僕は我に返った。


 ――上原さん?


「あ、ごめん。少しボーッとしてた」


 上原さんは何回も僕に声を掛けていたそうだが自分の席に座ったまま全然反応が無かったらしい。もしかして半分くらい寝ていた……?


「遠山の反応が無いから寝てるのかと思った」


「ちょっと上原さんの事考えてたんだけど半分夢の中だったのかも」


「え? 私のことって……えと、どういう……」


 上原さんは少し驚いた表情で頬を薄らと赤く染め恥ずかしそうに俯いた。


「え、えーと……上原さんと放課後どこに行こうかなって考えてたんだよ。別に変なこと考えてたわけじゃないから」


 もしかすると変な誤解を与えてしまったかもしれない。上原さんの事を考えていたというのは間違いないけど。


「あ、そういうことね……それでどこに行くか決まった?」


 上原さんは少し残念そうな表情を浮かべた。


「うん、上原さんがオススメの本を聞きたいって話だったし本屋でも行ってみようかなって」


「うん、それじゃ駅前に大型の書店があったでしょ? えっと……なんて言ったっけ?」


「ああ、反省堂のことだね」


「そう! 反省堂! そこに行きましょう」


 こうして行き先は決まり僕は急いで帰り支度をし、席を立った。僕は周囲を見回しながら上原さんと二人並んで教室の出口に向かった。


 やはり僕と上原さんの取り合わせは珍しいようで、他の生徒に注目されているのが分かる。まあ、見た目が華やかな彼女と地味な僕とじゃ系統が違い過ぎるから当然といえば当然だけど。


 そういえば倉島の姿を見掛けなかったな……上原さんと帰る前に絡まれてひと悶着あるかと警戒していたが杞憂だったようだ。


 そして高井は――


 もう教室にはいないようだ。彼女は放課後に図書室で本を読むのが日課なので図書室に行ったのかもしれない。


 僕と上原さんの二人で教室から出ようとドアの前に差し掛かった。と同時に別の生徒が教室に入ってきたので僕らはドアの前で足を止めた。


 高井⁉︎ 見覚えのある黒髪に眼鏡、教室に入って来た彼女はドアの前で足を止めていた僕と上原さんを一瞥し、何も無かったように横を通り過ぎた。


 高井と入れ替わりに僕と上原さんは教室を後にした。


 高井は僕と上原さんを見て何かを思ったのだろうか? 恋人同士でもない、セックスだけの関係だからなんの感情も無い、と彼女は言っていた。


 そう、だから僕も気にしない事にする。


 彼女とはセックスするだけの都合の良い関係……ただそれだけだ。


「そういえば私、高井さんとはほとんど話した事がないんだよね。遠山は図書室とかで少し話をした事あるみたいだけど、どんな人?」


 上原さんがなぜ高井に興味を持ったのか知らないが、僕と高井の関係を疑って探っているといった様子ではない。


「僕も本の話をするくらいで良く分からないかな」


 僕も高井のことは家庭事情が複雑だということ以外はほとんど知らない。彼女は自分のことを話そうとはしない。


「そっか……私も本に詳しくなれば話せるかな?」


「上原さんは高井と話してみたいの?」


「まあ、クラスメイトだし仲良くしたいじゃない? でも高井さん普段一人だし何を話していいか分からないから本はキッカケになるかなぁって」


 やっぱり上原さんは偏見が無くて良い人だな。なんで倉島とつるんでるのか分からない。


「なるほど……だから本について僕に聞いてきたんだね」


 それなら読書に興味がなさそうな上原さんの行動にも納得がいく。


「いや、別にそういうわけじゃなくて……遠山が……その……」


 上原さんが言い難そうにモジモジとしている。


「え? 僕がなに?」


「なんでもない! バカ!」


 ――なにか怒らせるような事をしたのだろうか?


 女性の心の機微を察する事ができない僕は、セックス経験はあっても女性と付き合ったことがないモテない陰キャなんだと再認識させられた。


 そんな話をしながら上履きからローファーに履き替え校門を抜けた。その間にも他の生徒からの視線を感じ、改めて上原さんの人気が伺えた。

 彼女は注目されていても特に気にする様子もなく、どこまでいっても飾ることなく自然体だった。


 なるほど……モテるわけだ。


 こうして話すようになって初めて彼女の魅力に僕は気付いた。

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