第8話

 図書委員は昼休みと放課後に図書室の業務を交代で担当する。今日、僕の担当は昼休みだ。

 昼休みが五十分しかないので実際には業務に当たるのは三十分ほどだ。慌てて昼食をとり図書室に向かう。


「千尋、図書室に行ってくる」


「うん、行ってらっしゃい」


 詳しくは知らないけど規模の大きい学校には司書教諭なる先生がいて、学校図書の運営を中心に仕事をしているらしい。

 生徒が授業中の間は司書教諭が図書室で業務に当たっている。


「宮本先生、お疲れさまです。今から業務に入ります」


「遠山くん、お疲れさま。私は休憩に入るからカウンター業務をお願いね。返却された本は後で私が棚に戻しておくから」


「はい、分かりました」


 そう言って図書室を出ていった女性が司書教諭の宮本沙也みやもとさや先生だ。

 黒髪ロングに眼鏡を掛けた知的な美人で、男子生徒のみならず同僚の男性教諭にも人気があるらしい。お陰で宮本先生がカウンターにいる時間は彼女目当てで貸し出しや返却で男子生徒が殺到することもある。


 その大人気の先生も休憩でいなくなり、図書室には数人の生徒が席に座り静かに読書をしている。



 昼休みも終わりに近付くと図書室に来る生徒もほとんどいなくなり、今は図書委員の僕と席に座り本を読んでいる生徒が数人いるだけだ。


 その静まり返った図書室に手荒くドアを開ける音が鳴り響き、僕はドアから入ってきた招かざる客を見て溜息を吐いた。


「おい、遠山! どういうことなんだ?」


 図書室に入ってくるなり倉島が大声で僕に詰め寄ってくる。読書をしていた女子生徒がビクッと身体を震わせた。彼はここがどこだか分かっているのだろうか?


「倉島、迷惑になるから図書室では静かにお願いします」


「そんな事よりどういうつもりだって聞いてるんだよ!」


「倉島、静かにしてくれって言ったの聞こえてないの? 周りを見てみなよ」


 大声で怒鳴り散らす倉島に図書室に残っていた生徒が白い目を向けていた。


「ちっ!」


 倉島は盛大に舌打ちして図書室を出て行った。


 倉島は本当に自己中だな……イケメンで中途半端に人気があってチヤホヤされているから調子に乗っているみたいだ。


「みなさんお騒がせして申し訳ありませんでした」


 ていうかなんで僕が謝ってるんだろうな……ホント迷惑なヤツだ。



「遠山くんお疲れさま。あとは引き継ぐから教室に戻っても大丈夫よ」


「はい、分かりました。あとお願いします」


 宮本先生が休憩から戻ってきたので僕はお役御免となった。これから午後の授業だが本当に今日は帰りたい。


「遠山くん、そういえば図書室の外で倉島くんが立ってたけど待ち合わせ?」


 ――倉島の奴、大人しく出て行ったと思ったら待ち伏せしてるのか……本当に面倒だな。


「いえ、そういう訳ではないんですが……」


「そう……なんか怒っているような感じだったけど大丈夫?」


「はい、ちょっとくだらないことで言い争いになっただけなので大丈夫です」


 倉島は上原さんが僕と放課後に出掛けるのを知って、それが気に入らないのだろう。本当にくだらないことだ。


「何かあったらすぐ先生に言ってね」


 さすがに女子生徒絡みで揉めていますなんて恥ずかしくて相談できない。


「はい、ありがとうございます」


 僕は重い足取りで図書室の出入り口に向かい、ドアを開け様子を伺いながら恐る恐る外へ出た。


 ――アレ? 倉島の奴いないな……待ちくたびれて諦めたか?


 そう考え廊下を教室に向かって歩いていくと後ろから唐突に声を掛けられた。


「遠山、待ちくたびれたぞ。話を聞かせて貰おうか」


 振り返ると見たくもない倉島の姿があった。どこかに隠れていたのだろうか?


「で、用件はなに? もうすぐ授業始まるし手短に頼むよ」


 そう、授業が始めるまでに五分くらいしか無い。くだらない用事に構っている暇は無い。


「今日、麻里花と出掛けるのを断れ」


 まあ、その件だと思ったがいきなり断れとか何様のつもりなのだろう?


「それは上原さんが倉島に頼んだの? それなら僕は別に構わないけど。そうで無いなら余計なお世話だよ」


「麻里花は何も言ってない。どうせ、お前が無理に麻里花を誘ったんだろ? アイツは優しいから断りきれなかったんだろう。お前みたいな陰キャが一緒に遊べるような相手じゃないんだよ」


 どこの世界の貴族さまの話をしているんだ倉島は? ちょっと意味が分からない。


「なんか誤解してるけど、誘ってきたのは上原さんだからね」


「そんな訳ないだろ! 嘘を吐くな!」


「嘘も何も上原さんに聞けば分かるよ」


 倉島は一人でぶつぶつと、そんな訳ない……なんでこんな奴に……とか言っている。


「もう用事は済んだ? 授業始まるから僕は教室に戻るから」


 こんな奴に構っていられない。このままじゃ遅刻してしまう。


「お、おい待て! 話はまだ終わってない!」


 倉島がなんか言っているが無視して僕は教室へ向かった。



 早足で教室に戻り、自分の席に戻るなり机に突っ伏した。


「佑希、お疲れさま。なんか疲れてるようだけど大丈夫? 図書委員そんなに大変だったの?」


 疲れ果てた僕を見て千尋が心配そうにしている。


「いや、図書委員はそうでもなかったけど色々とね……」


 あのバカ倉島のせいでただでさえ寝不足なのに本当に迷惑なやつだ。


「そっか、よく分からないけど、お疲れさま。午後の授業が残ってるけどあと少し頑張って」


 千尋が笑顔で励ましてくれる。

 倉島には千尋の爪の垢を煎じて飲ませたい。いや……アイツには勿体無いな。


「千尋……お前は本当にいい奴だなあ。マジで彼女だったら幸せかも」


 倉島のせいで削られた精神力が千尋に癒されていく。


「だ、だから僕は男だって言ってるのに……何回も言われると恥ずかしいんだから」


 そんな照れている千尋はマジ天使だった。男だけど。


「まあ、それは冗談だよ。僕は少し寝るから先生来たら起こして」


 千尋のお陰で癒された僕は更なるメンタルの回復を求めて仮眠についた。


 起きたら自分の部屋のベッドだったなんてことはないかな? などと現実逃避をしたくなる一日だった。

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