第7話

 朝から妹の奇行もあり教室へ入るなり僕は机に突っ伏した。


「佑希おはよう。何だか朝から疲れてそうだけど大丈夫?」


 前の席の可愛らしい男子生徒が振り向き心配そうに声を掛けてくる。


「ああ、千尋……おはよう。ちょっと朝から色々とあってさ」


 千尋の顔を見ると癒される。邪気が無いというかなんというか本気で心配してくれているのが分かる。


「少しやつれて見えるけどホント大丈夫? 無理しちゃだめだよ」


 やつれて見えるのは単純に寝不足なだけだけど。


「ああ、ちょっと寝不足だからホームルームが始まるまで寝かせて」


「うん分かった。先生が来たら起こしてあげるから」


「よろしく頼むな。それにしても……千尋が彼女だったらなぁ」


「な、なに言ってるんだよ! 僕は男なんだからね」


「いやあ、千尋を見てるともう男でもいいかなぁって」


 本当に千尋の女子力は半端ない。見た目もそうだがその優しさには惚れそうになる。


「ちょっとアンタたち男同士でなに朝からイチャイチャしてるのよ」


 昨日と同じく今朝も上原さんから僕たちの会話に割り込んできた。まだ教室に来ていないが倉島に見られると後々面倒だ。


「上原さん、おはようございます」


 千尋は上原さんに対してまるで上級生に接するような挨拶をした。


「沖田くん、おはよ。私たち同級生なんだからそんなに堅苦しい挨拶じゃなくてもいいからね」


「うん、上原さんおはよ! これでいい?」


「ちょっと沖田くん……可愛過ぎでしょ! キュンときちゃった。本当に男子なの?」


「そういえば千尋は前に妹に会った時も同じような事を言われたな」


 千尋は何度か僕の家に遊びに来ているので妹とは面識がある。


「沖田くんも遠山の妹さん知ってるの?」


「上原さんも会ったことあるみたいだね」


「私は今朝初めて会ったんだけど、いきなり私に“おっぱい大きいですね“って言ってくるんだもの」


 上原さんは今朝のことを思い出し楽しそうに笑った。どうやら妹の余計なひと言であったが気を悪くしてはいないようで何よりだ。


「佑希、妹さん相変わらずだね……」


 千尋も思わず苦笑している。


「千尋が初めて妹に会った時のこと思い出すと笑えるな」


「佑希、アレを思い出させないでよ。恥ずかしいから……もう」


 千尋はプクッと頬を膨らまし拗ねる。


「え、なになに? 妹さん沖田くんに何言ったの?」


 上原さんは興味津々なようで身を乗り出してきた。彼女の圧倒的なサイズの胸が僕の目の前でその存在感を示している。


 ――ち、近い。


 僕は妹の言動を思い出しながら雑念を払い、上原さんの胸から目を背ける。


『本当に男子なんですか? おちんちん付いてます?』


「そう言ってた」


 ――ブッ!


 思わず吹き出す上原さん。


「う、上原さん、笑い事じゃないんだからね」


「ご、ごめん……ちょっ……きゃはは! ……やっぱ面白い妹さんね……くふっ」


 上原さんの笑いのツボにはまったようで、笑いを押し殺している姿が微笑ましい。あの時は僕も思わず吹き出してしまった。


「もう……本当に恥ずかしかったんだから」


 ――ん?


 複数の視線が僕たちに集まっていた。男子に人気のある上原さんを交えて盛り上がっていたせいだろう。その中にはいつの間にか教室に来ていた倉島の視線もあった。


 高井は……彼女の姿を見つけ目で追ったが今日はこちらには無関心な様子だ。


 ――それにしても……なんか目立っちゃったな。


 普段から注目されている上原さんたちカースト上位の連中なら何でもない事だろう。でも、そういった目で見られるのに慣れていない僕は、妬みや偏見など色々な感情を混ざった目で見られているように感じ少々不快だった。


「そろそろ先生が来るから上原さんも席に戻ったほうがいいよ」


 クラスメイトからのヘイトをこれ以上向けられないように僕は話を打ち切った。


「ああん、もうちょっと話聞きたかったのに。またお昼休み遊びに来るからね」


 上原さんの事は嫌いでは無いが、こうして目立ってしまうなら積極的に関わり合いたいとは思わない。なのでぶっちゃけ来て欲しくない。


「僕は今日のお昼休みは図書委員の業務があるから教室にはいないよ」


「あ、そうなんだ? じゃあ昼休みに図書室に遊びに行くから」


 上原さんは図書室まで来るつもりらしい。図書委員で昼休み僕が教室にいなければ諦めると思ったが予想外の返事だった。


「上原さん、図書室は遊びに来るところじゃないんだけどね」


 図書委員らしい事をそれらしく言ってみる。


「ほら、オススメの本を教えてくれるって言ってたでしょ? それならお喋りにならないって遠山も言ってたし」


 上原さん、そういうとこは良く覚えてるんだな。


「でも昼休みは短いし返却が多いから相手をしてあげる時間は無いと思うよ」


 実際のところ昼休みは短いのでジックリ選ぶ時間もなく借りに来る生徒は少ない。


「ええーそうなの? しょうがないか……邪魔しちゃ悪いから止めとく」


「うん、悪いね。放課後の業務の時に来てくれれば教えるから」


 とりあえず今日のお昼は大丈夫なようでホッとする。


「あ、それならさ今日の放課後一緒に帰らない? それでカフェでお茶でもしながら話をしようよ」


 上原さんから予想外の提案をされた僕は少々戸惑う。断っても彼女の性格からしてまた今度ねって言ってくるだろうし……。

 僕は別に上原さんに嫌われたいわけでない。彼女と関わると必ず注目を浴びてしまうのが嫌なだけで、波風を立てず静かに過ごしたいだけだ。


 そう頭を悩ましていると千尋の姿が視界に入った。


 ――そうだ!


「じゃあ……上原さんもああ言ってるし千尋も一緒に帰ろ?」


 ここは二人きりにならないように千尋に話を振ってみる。ここにいる彼なら上原さんも文句は無いだろう。


「佑希、ごめん。今日は用事があって早く帰らなくちゃいけないから付き合えないんだ」


 なぜこのタイミングで⁉︎ 退路が無くなってしまった僕は提案を受け入れる以外に選択肢は無くなった。


 まあ、今日一緒にいて上原さんが僕といても楽しくないと思えば今後は話かけて来ないだろう。


 積極的に嫌われるつもりは無いが、面白くない人だと上原さんが認識すればこれ以上は僕に関わらず元のカーストで楽しくやるだろう。


「そっか、千尋が来れないのは残念だけど仕方がない。上原さん今日は一緒に帰ろうか」


「ホント⁉︎ やった! じゃあ放課後楽しみにしているね」


 上原さんは演技では無く本当に楽しそうな笑みを浮かべ自分の席に戻っていった。


「はぁ……やっと行ったか……結局、仮眠できなかった」


 これで授業中に居眠りするのが確定してしまった。


「上原さん凄く楽しみにしていたね。佑希も楽しんできてね」


 千尋は変な邪推はぜず心の底から楽しんできて欲しいと思っているようだ。本当に彼が友達でよかったとつくづく思う。

 正直、彼が友達として接してくれているからクラスでもそれほど浮かずに馴染んでいるのだと思う。


 だから自分が浮かない為にも放課後は上原さんのことを変に避けたりせず、普通に接しようと思う。そうでないと誘ってくれた彼女にも失礼だから。

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