第15話 ディオトルム宮殿の地下牢
「織姫や」のスピカの部屋からは、きれいな庭園を眼下に望むコトができる。
庭園の池では、大きな錦鯉が優雅に泳いでいた。
大きなひらひらした尾びれを振るたび、池の水がはねる。水面がゆらゆら波打っていた。
丸々と太っていて、ちょっと美味しそう。
「ねぇ、はなし聞いてる?」
欄干で、まあるくなっていると、スピカがボクを抱き上げて無理やり視線を合わせてきた。
ボクがヴィラ・ドストへ来たときに、彼女は手伝ってほしい仕事があると言っていた。
ようやく、その仕事の準備が整ったらしい。
「あの池の鯉って、美味しい?」
「あれは、食べるモノじゃないの。観・賞・用。わかる? 食べないでね」
ボクはくあっと欠伸をして、舌で鼻を舐めた。
いつか、ぜったい味見してやる。
「それよりも、お仕事のはなし。聞いてた?」
スピカがボクに協力して欲しい仕事というのは、「盗み働き」だった。
彼女は、ある人物からの依頼で「エイセリー・ハート」という魔石を探していたらしい。
「エイセリー・ハート」は、護国の魔石とも呼ばれている伝説の魔石のひとつだ。
今回のミッションは、この魔石を盗み出すというモノだ。その魔石を「鑑定スキル」で診て欲しいという。
最近、この魔石を第二王子アマティが購入したという情報を入手したそうだ。
どうやら、エフタトルム城内のディオトルム宮殿地下に「エイセリー・ハート」が保管されているという。
スピカには、全部で三つの顔がある。
表向きの職業は「遊女」兼「B級冒険者」。さらに、もうひとつ裏の顔を併せ持つ女性だ。今回のような「盗み働き」のほか、諜報活動や工作活動などもおこなっている。
ヴィラ・ドスト王国やアルメア王国内にある妓楼は、いわば「拠点」として置かれているそうだ。盗人宿みたいなカンジだろうか。
ボクがスピカにラステル亡命の件で調査を依頼したのは、たんに「遊女」で情報を得やすいというだけじゃない。彼女がこの「裏の顔」を持つからだ。
それはそうと「エイセリー・ハート」を盗み出すという仕事なら、彼女だけで良いハズだ。
ボクは首を傾げた。
「ねぇ、それ、ボク行かなくてもよくない?」
彼女が盗み出した魔石を、ここで鑑定すればいいと思う。
「でもぉ、ガラクタを持って帰るワケにはいかないでしょ。ね、お願い!」
ボクを床に降ろしたスピカは、手を合わせてお願いポーズをしている。
「まぁ、そうだケド……」
ちょこんと座りながら、ボクは右足で首筋をかりかりと掻いた。
そもそも「エイセリー・ハート」自体が、サタナエル石以上に神話級の魔石だ。ボクもスピカも見たコトはない。
宮殿の宝物殿に潜入したはいいが、見当はずれの魔石を持って帰ればムダ足に終わる。たびたびエフタトルム城へ潜入すれば、それだけ騒ぎになるリスクも大きくなる。たしかに、それは避けたいだろう。
仕方ないね。
🐈
その夜。
ボクと黒装束姿に神剣「
隠密スキルと索敵スキルを同時発動して闇に紛れ、衛兵の監視の目を掻い潜り、七つの塔のひとつディオトルムに隣接する宮殿へと向かう。
通称「ディオトルム宮殿」。第二王妃カトリーヌと第二王子アマティが暮らす宮殿だ。
スピカは、以前から「手引き役」をこの宮殿の使用人として潜入させていたそうだ。王城内に潜入する仕事が多いからだろうか。
ボクたちは「手引き役」が開錠した裏口から、ディオトルム宮殿のなかへと入った。
目的の「お宝」は、この宮殿の地下にあるという。
途中、物陰に潜みながら使用人や見回りの騎士をやり過ごし、階段を降りて行く。
なんの加工も装飾もない石積みの壁が続く宮殿の地下通路。薄暗くて空気がすこし冷たい。そのなかをボクたちは慎重に進んで行く。
「ねぇ、なにか聞こえない? ニンゲンの声かな」
ボクは耳をぴこぴこさせて、スピカを見上げた。
その声は、薄暗い通路の向こうから聞こえる。
スピカにも聞こえたようだ。彼女は顔を顰めた。
声のする方へ進んで行くと、そこには地下牢があった。
牢のなかに、薄紅色の頭髪をツインテールにした数人の幼女が囚われている。
膝を抱えてうずくまっている娘、ぼーっと宙を見ている娘、すすり泣いている娘もいる。
彼女たちは、みんな下着だけの姿だった。なにかで殴打されたような痣や傷が、身体じゅうについている。
な、なに、これ?
ボクは思わず、後退った。
「なんてひどい……」
スピカは顔を顰めて、手で口を塞いだ。
「どうするの? 助ける?」
けれどスピカは、辛そうに首を振る。
「今回は、準備が足りないわ」
ボクたちの姿を見た女の子のひとりが、近づいて来た。あちこち腫れ上がった顔に涙を浮かべて鉄格子を掴んでいる。
「お願い、助けて……」
スピカは、きゅうっと目を閉じて首を左右に振った。
「助けて、お願い。ここから出してぇ!」
「ごめんね。でも、絶対助けに来るから。ごめん……ね」
声を詰まらせながら、スピカは泣き崩れる女の子に何度も謝っていた。
ヴィラ・ドストに来てから、たびたび耳にした話がある。
ここ三年くらい前から王都周辺で、行方不明になる女の子が増えているという。人攫いに遭ったのだろうと、ウワサされていた。
そして奇妙なことに攫われた女の子たちには、ある共通点があった。
薄紅色の髪で、若葉色の瞳をもった七歳から九歳までの幼女。
この地下牢に閉じ込められている女の子たちと特徴が一致する。
スピカは、女の子たちの名前と住所を尋ねていた。今回の仕事を終えたら、すぐに救出計画を練るつもりなのだろう。
そして何度も「ごめんね。絶対助けるから」と女の子たちを慰めた。
後ろ髪を引かれる心持で、ボクたちは女の子たちに背を向けて地下牢を離れる。
スピカは顔を歪めて、胸の辺りをきゅっと掴んでいた。
地下牢を離れて、しばらく地下通路を歩いて行くと、ぼんやりと照らされている木の扉が見えてきた。扉の上部に光石が嵌め込まれているようだ。
扉の前に立つと、スピカは前後左右の状況を確認していた。
「この部屋の奥の扉の向こうに、収納されているみたいね」
「鍵穴があるよ?」
ボクが尋ねると、スピカは腰に下げたポーチから鍵を取り出した。
合鍵まで作製してあるんだね。
スピカが鍵を開けて、部屋のなかへ入る。
部屋のなかには、なんだかよく分からないモノがあちらこちらに置かれている。いったい、なにをする場所だろうか。ネコのボクにはわからない。
ボクにわかるのは、壁にかけられた鞭とロープくらいだ。なにに使うのかは、わからないケド。
あの大きな置物は木馬かな? 「×」のかたちのヤツは磔台みたいな? 天井から下がっている鎖はなんだろう?
スピカの方を見上げると、彼女は歯を食いしばって顔を顰めていた。
スピカには、わかったらしい。
表情から察するに、ロクでもないコトをする場所のようだ。
「あのド変態猿……。いつか絶対、ブッ殺してやるんだから」
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