第3話 王女の墓標

 ――ヴィラ・ドスト王国。

 今から三〇〇年以上前に初代国王ヴィラ・ドストが建国し、以来、「魔導大国」として繁栄してきた王国である。この国の魔法理論および技術は、周辺諸国を圧倒する。もしこの王国が領土的野心を持てば、一〇年ほどで大帝国を築き上げるだろうとさえ言われる。


 しかし、この国は「永世不侵」を国の理念とし、建国以来一度たりとも他国を軍事的に侵略したことはない。また建国時に定めた国境線を、1ミリたりと他国に譲ったこともない。


 そしてこの国の権力構造は、王を頂点とする「王政」、教皇を頂点とする「教会」、騎士団庁長官を頂点とする「騎士団庁」に分割された珍しい三権分立体制。


 これは初代国王ヴィラ・ドスト、ノウム教会教祖メルヴィス・クィン、そして国王の実弟である初代騎士団庁長官ガレス・ドストの三人が中心となってヴィラ・ドスト王国を建国したという歴史的経緯に由来する。


 王政、教会、騎士団庁の三権が相互に抑制と均衡を保ちながら、国家統治をおこなう仕組みだ。教会は戒律により、騎士団庁は武力により、「王政」を抑制する。


🐈🐈🐈🐈🐈


 ヴィラ・ドスト王国王都に聳え立つ王城エフタトルム。この城から北、王都郊外に存在する王家の墓地。


 護衛騎士の男がひとり、側仕の女がひとり神妙な面持ちで主の背後に控えている。

 彼らの主は、雨のなか、ひとつの墓の前に立つ銀髪の少年。


「姉様……」


 悲し気な表情でそう呟いた彼は、唇を噛んだ。その青い双眸は、墓標に刻まれた文字をじっと見詰めている。


『ノウム暦三一六年 サクラコ・ヴィラ・ドスト 享年八歳』


 墓標を見詰める少年の名は、ラファエル・ヴィラ・ドスト。ヴィラ・ドスト王国第四王子。サクラコ・ヴィラ・ドストの実弟である。


 今年で一〇歳になる彼は、数日後、王都を離れることになっている。シュテルンフューゲルという街にある王立学院に入学するためだ。


 今日は、サクラコの命日。彼は、毎年欠かさずこの日にサクラコを偲んで王家の墓地を訪れていた。


 ふいに、後ろから近づく足音にラファエルは振り向いた。


 彼の目に映ったのは、手に大きなリースを持った金髪スパイキーヘアの男。白のタンクトップを着て、黒のレザーパンツをはいている。そして顔に化粧された悪魔メイク。


「兄上!」


「いよう、ラファエル。来てたのか」


 この金髪スパイキーヘアの男、名をレヴィナス・ヴィラ・ドスト。ヴィラ・ドスト王国第一王子である。王子らしからぬその奇抜な姿から、「狂王子」と呼ばれていた。


 サクラコの墓標の前に立ち、目を閉じるレヴィナス。やがて、ゆっくりと目を開き、手に持っていたリースを墓に手向けた。さきほど野原で採取した草花を編んだものだ。


 そのリースを見て、ラファエルは笑みを浮かべた。けれども、その瞳は悲し気に揺れている。


「……姉様は、兄上がお作りになったリースが大好きでしたね」


「……ああ」


 降りやまぬ雨のなか、ふたりはしばらく無言のまま、サクラコの墓の前に立っていた。



 レヴィナスは、ラファエルと別れた後、王都の歓楽街にある「織姫や」を訪れた。遊女スピカが、この店に滞在しているという知らせを聞いていたからだ。


 彼とスピカは同い年。出会ってから、三年くらいの付き合いである。


 レヴィナスは王立学院を卒業後、アルメア王国の街マイステルシュタットにふらりと立ち寄ったことがある。彼が一六歳のときだ。


 マイステルシュタットに滞在中、ひょんなことがきっかけで、「乙星や」の遊女スピカと出会った。


 絹のように艶やかな黒い髪、アメジストを嵌め込んだような双眸、紅を引いた小さなぽてりとした唇。紅の生地に刺繍された「地獄変相図」の打掛を羽織るその遊女の姿に、レヴィナスは一瞬で心を奪われてしまった。


 あっさりフラれたが。


 それでも、スピカがヴィラ・ドスト王都に滞在しているときは、レヴィナスは客として「織姫や」に顔を出すようにしている。


「スピカが、こっちに来ていると聞いたんだが?」


 店先で、スピカの世話役の女性に声をかけるレヴィナス。

 彼の姿を見るなり、大きく目を見開いた世話役の女性。「少々お待ちください」と言うと、慌てた様子で店の奥へ駆け込んでいった。


 すぐに、店の奥から楼主があらわれた。


「ようこそ、おいで下さいました。まずは、お部屋にご案内いたします」


 楼主は慇懃に挨拶をして、レヴィナスを店に迎え入れる。


 楼主に部屋へ案内されたレヴィナスは、スピカが現れるまでの間、芸妓を三人ほど呼んでバカ騒ぎを始めた。


 芸妓の奏でる三味線の旋律に合わせて、彼女達と一緒に歌ったり踊ったりするレヴィナス。

 それが終わると、今度はレヴィナスがリュートを奏でる。その旋律に合わせて芸妓達が舞い、手拍子しながら歌ったりしていた。


 しばらくすると襖が開いて、紅の生地に「地獄変相図じごくへんそうず」の打掛を羽織った遊女が黒猫を抱いてあらわれた。


「スピカでございます。本日は御呼び下さり、ありがとう存じます」


スピカが挨拶すると、両脇に芸妓を侍らせていたレヴィナスは、グラスに注がれていた酒をくいっと飲み干した。


「おぉ、スピカ。久しぶりだなァ! さ、さ、お前も早くこっちに来いよ」

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