第13話 空間の歪②

「例の『空間の歪』の事だ。どんな状況だ?」


 腕組みをしながらシュパルトワは、てへぺろするテユドナに尋ねた。


 気のせいかもしれないが、青筋を立てているようにも見える。

 くどいようだが、彼はホネだ。

 じっさいに、青筋が見えるワケではない。


「うーん。それが、なんていうか、あんまりイイ感じはしないのよ」


 テユドナは左に顔を向け、なにかを見ながらそう言った。


 ?

 いったい、なにを見ているの?


 ボクたちの側からは、彼女の視線の先になにがあるのか分からない。

 けれども、テユドナの視線は確実になにかをとらえている。


 ボクがこてりと首を傾けていると、おもむろにシュパルトワが前に歩き出した。

 その後を、ボクもとてとて追っていく。


 四、五歩ほど歩くと、シュパルトワはくるりと振り返った。

 ボクもそれに倣う。


 途端に、シュパルトワの表情が険しいものになった。


「どういうことだ?」


 確かに、空間がぐにゃりと歪んでいるところがある。

 おそらく、ブルトスとシュパルトワが言っていたのは、この歪のコトだろう。


 それに加えて、裂け目のようなものが上下に走っている。

 大きな布が、真ん中だけ裂けているようなカンジだ。


 ……なにコレ?


 シュパルトワの表情から察すると、この「空間の裂け目」はごく最近になって生じたものかもしれない。


 この裂け目の奥の方には、空間が広がっているのだろうか?

 時折、九〇階層とは異なる景色がチラチラ見える。


 それだけじゃない。

 なにかが、うろうろしている気配がある。


 ボクは、この裂け目に向けて索敵スキルを発動してみた。


 これは……、ニンゲン?


 一般兵士レベルの魔力を感知。

 その数、約一五〇。


 テユドナの言うとおり、あまりいいカンジはしない。

 とくに、兵士が配置されているコト。

 これは、あちら側もこの異常事態を知って警戒しているコトを意味する。


「ね? シュパルトワ。これ、なんかヤバくない?」


 テユドナも険しい顔で、腕組みするシュパルトワに視線を向けてそう言った。

 シュパルトワは「空間の裂け目」を凝視している。


「向こう側からの侵入者はないか?」


 なおも視線を「空間の裂け目」に向けたまま、シュパルトワはテユドナに尋ねた。


「今のところは……ね。ただ、こちらも警戒しておいた方がいいと思う」


 たしかに、「空間の裂け目」の向こう側がダンジョンだと判明したら、あちらのニンゲンたちがこの「礎のダンジョン」に雪崩を打つように攻め込んでくる可能性もある。

 強力な勇者などを送り込んでくる可能性もある。


 それは、それでグラビスが大喜びしそうだケド……。


「クリゾベリルをこちらに数体回して欲しいの。コボルトだと飛び込んで行っちゃいそうだし……」


 クリゾベリルは、アレキサンドライトという宝石でできた外殻を持つとても美しいゴーレムだ。

 シュパルトワが、長年の魔導研究の末に完成させた「礎のダンジョン最強の盾」。

 その防御力だけなら、竜王グラビスに匹敵する。


「向こう側のヤツらが侵入してきたときに備えて、抑え役が必要だと思うの」


 そうだね。

 最悪の場合を考えると、クリゾベリルをここに配置したいね。


 コボルトだけでは心もとない。

 けれども、クリゾベリルを配置しておけば、押し返すコトも可能だ。

 最悪、時間を稼ぐコトはできるだろう。


「分かった。すぐに手配しよう。他に、何か必要なものはあるか?」


「そうねえ。このフロアの出入口を守るための砦を築くと、いいんじゃない?」


 相手に押し込まれた場合を考えると、このフロアの出入り口を守る砦を築城しておくのは良い案だと思う。


 シュパルトワは、顎をなでながら俯き加減に思考を巡らせているようだ。


「砦か。築城を任せてもいいか?」


「え? ……アタシがやるの? 面倒くさっ!」


 テユドナは、顔をしかめている。

 すごくイヤそうだ。

 言うんじゃなかった……、というカンジだろうか。


 シュパルトワも、まだココへ来て日の浅い彼女にさらっと重要案件を振ったね。

 テユドナの知力がいくら高いとはいえ、なかなか大胆な采配だ。


「だが、ブルトス殿を動かすわけにはいかんし、私もここだけにかかりきりとなるワケにはいかない。頼めるのは、お前しかいない」


「……やたら強い魔物が集まっているけど、このダンジョンて案外まともなヤツがいないのよね。脳筋ばっかり」


 まぁ、ダンジョンの主がアレだからね。


「このネコちゃんじゃ、ダメなの?」


 は? なに言い出すの、このコ。


「……ネコに築城を任せるなど、聞いたことがない。だいいち、どうやってネコが指示を出すのだ?」


「でも、このコ、『猫かぶっている』けど『話せる』でしょ?」


 やっぱり、そっちも視られていたか。


 彼女が言っているのは、ボクのスキル「全世界言語理解」。

 国や種族、ニンゲンか魔物かを問わず、言語を持つ者と会話するコトができる。

「わたりネコ」になるさい、エイベルムがボクに与えたスキルのひとつだ。


「ね? そうなんでしょ? 猫ちゃん❤」


 ニィ


 ここは、とりあえず、ごまかしておこう。

 タダの猫のフリをしておこう。


「………」


 テユドナは、怪訝そうな表情でボクを見ている。


「この黒猫には、創世神様から託された別の使命がある。今回は、協力を仰ぐことは出来ん」


 そう言うと、ボクを抱っこするためにシュパルトワはすこし屈んだ。

 それを見ていたテユドナは、仕方ないか、と言った表情で諦めたように承諾した。


「はーい。分かりました。じゃあ、後で、必要な資材や魔物の数を伝えるから手配はお願いね」

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