第12話 空間の歪①

 危機は、まだ去っていない。

 テユドナの両腕が、ふたたびボクに向けて差し出される。


「うふふふ。さぁ、こちらへいらっしゃい」


 ぐっ……。


 また、あの香りだ。

 この香りは、アレだ。


 ―――ネペタラクトールまたはネペタラクトン


 ボクらネコを虜にするヤバいヤツだ。

 どういうワケか、テユドナの身体からはこの香りがする。

 まさか、マタタビ、イヌハッカやキウイばかり食べてるとか?


 マタタビにはネペタラクトールという成分が含まれ、これにネコは反応を示す。

 イヌハッカにはネペタラクトンという成分が含まれ、ボクたちネコを陶酔させる作用がある。

 キウイについては、はっきりわかっていないケド、マタタビ科の植物だからかキウイの木を植えるとネコが寄ってくる。


 あ、でも、ここはライレアだよね。

 マタタビやイヌハッカ、キウイなんてあったっけ? そういえば、あまり見たコトはない。


 もしかすると、ライレアにもネペタラクトールやネペタラクトンを含む植物があるのかもしれない。


「やめろ、テユドナ。黒猫は、創世神様の御遣みつかいだ。お前の食糧ではない」


 シュパルトワがボクの前に立ち、テユドナを制した。

 すると、テユドナの身体の周りに漂っていた香りが消えた。


「そんなナリして、ずいぶんケチ臭いことを言うのね。そのコ、ただの猫じゃないわよ。だって、『超速再生』持っているもん。ちょっとくらいかじっても大丈夫よ」


 イヤ、イヤ、イヤ、イヤ。

 さっきのは、絶対、かじるって勢いじゃなかったよね!?

 ……それよりも、このヒト、「鑑定スキル」を持ってる?


 どうやら、ボクのスキルを把握しているらしい。

 Lvは不明だが「鑑定スキル」を持っていると考えるのが自然だ。


「だから、ね? 尻尾だけでいいの。お・ね・が・い❤」


 テユドナの懇願こんがんに気圧されたシュパルトワが、すこし戸惑っているように見える。

 そして、彼はゆっくりとボクに視線を落とした。


 なぜ、こっちを見るのっ!?

 ダメに決まっているでしょ!


 ボクはふいっと、そっぽを向いた。


 超速再生を持っているとはいえ、痛覚はある。

 尻尾くらいというケド、かじられたら痛い。

 元に戻るから、イイってワケじゃない。


「……だ、ダメだ」


 あたりまえだっ!

 たとえ耳やしっぽの先でも、ダメだからね。


「ふんっ、シュパルトワのケチ。べーっ!」


 テユドナは、細長い舌を出して子供っぽくふくれっ面をした。


 あれ?


 こんな姿をしているから判らないケド、結構、幼いのだろうか?

 たんに精神的に幼いだけなのか、身体的にも幼いのかどちらだろう?


 彼女のスキルも気になる。

 シュパルトワとテユドナが、やいのやいのと口論しているのをよそに、ボクは「鑑定スキル」を発動してテユドナを視た。


 ………へえ。なるほどね。


「っ! ちょっと、なにのぞいてんのよ。えっち、えっち、エロネコ!」


 テユドナはそう言うと、両手で胸を隠し身体をよじって背中を見せた。


 ……気付かれたか。

 なんか、エロネコとか言われちゃった……。


 しょんぼりと項垂うなだれた。

 まぁ、確かに「鑑定スキル」で能力やスキルをのぞき見されるのは、気分のイイものじゃないケドね。


 すぐに気付かれてしまったケド、いちおうテユドナの能力やスキルを視るコトはできた。

 やはり、彼女は「鑑定スキル」を持っている。

 しかも、かなりのLvだ。

 ボクよりも、わずかに下くらい。


 そして、もうひとつ視えたのは「魅惑スキル」。


 対象を「魅惑」するスキルだ。

 テユドナの身体から漂ってきた香りは、このスキルによるものかもしれない。


 テユドナは、なおも両手で胸を隠してボクをにらみつけ、「むうぅぅ」とうなっている。

 なぜか、すこし涙目になっていた。


「ところで、コボルトに手紙を届けさせた筈だ。ここに来たのは、その事もあったからだ」


 シュパルトワの方に視線を移したテユドナは、こてりと首を傾けた。

 そして、なにかを思い出すような仕草をして記憶を探っている。


「ええと……、なんのことかしら?」


 やがて、彼女の眼がうろうろと泳ぎ始めた。


 ………。


 ………。


 はっ! まさか、遣いのコボルトを食べたんじゃ……。


「遣いにやったコボルトが帰ってきたので、手紙がここに届いたのは確認済みだ。返事はどうした?」


 遣いのコボルトは無事だったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、テユドナは両手をぱちんと合わせた。


「ああ、思い出したわ。あのお手紙ね!……食べちゃった。えへっ☆」


 手紙の方だった!

 しかも、誰かが楽しみにとっておいたオヤツをこっそり食べちゃった、みたいなノリで言った!


 彼女は首をこてりと傾け、舌をぺろりと出している。


 まぁ、羊皮紙だからね。

 革靴だって、煮込めば食べるコトができるからね。

 羊皮紙も食べられないコトはないケドも、普通は食べないよね……。


「それで、あの手紙の用件て何だったの?」


 そして、こともあろうに、手紙に書かれている用件すら読まずに食べようだ。


 ……たしか、そんな歌があったね。黒ヤギさんたら、読まずに食べた♪ だっけ?


 ボクとシュパルトワは、大きくひとつため息をついた。

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