第9話 久遠の孤独①――闘神の視点
―――ところかわって、ここは「礎のダンジョン」一二〇階層。
洞窟内を埋め尽くすように転がり折り重なる白骨。
それは死の匂いが立ち込める白き園。
骨に生えた苔がぼんやりと青白く光って、死者の魂を誘っているようだ。
ここに万骨を踏みしめ、群がる魔物を薙ぎ払い、独り最下層を目指す漢がいた。
「オゥラアァッ!」
この男が持つ大剣の一薙ぎで、一〇体ほどのゴブリンがふたつの肉塊に変わる。
彼の足下にゴロゴロと転がる肉塊。
その肉塊から噴き出した
男は浴びた血を拭いもせず、大きく前に踏み込み込んで、さらに一薙ぎ。
「ハアッ」
今度は、一〇体ほどのホブゴブリンが肉塊となって転がった。
降りしきる血の豪雨を浴びながら、横たわるホブゴブリンの屍を乗り越えて男は袈裟懸けに大剣を振り下ろす。
「これで、終わりだあっ!」
グオォォォ……。
死を前にした唸り声と
一対多数の戦いは、血吹雪のなかで終わりを迎えた。
たったひとりの圧倒的な暴力によって……。
「………」
男は大剣を一振りして、剣に付いた血を払った。
たったいま、その大剣が生み出した屍の山を眺めながら。
満たされぬ思いで。
やがて、辺りに転がる肉塊に背を向けて、男は悠々と歩き始めた。
こつ、こつ、パキィ……。
時折、坑道内に散乱する白骨を踏みしめながら、拠点にしている場所へと向かう。
男は、水場の近くを拠点にしている。
拠点に着くと彼は、荷物の中から干し肉を取り出して口の中へ放り込んだ。
なんの肉か?
それは、知らない方が良いだろう。
謎の肉……、謎肉ということにしておく。
干し謎肉を咀嚼しながら彼は、水場へと向かった。
彼は洞窟内を流れる小川の水を両手で掬い、顔に付いたゴブリンの血を洗い流した。
この男、名をロウダン。
みずからを「闘神」と称する。
精悍で整った容貌。
涼やかなエメラルドの双眸。
ブロンズの長髪を、紐でポニーテールのようにして縛っている。
傍らにある斬馬刀は、銘を「
常に彼の傍らにあり、共に幾多の戦場を駆け抜けた。
いまや、この剣だけが彼の友。
愛と勇気だけを友達とする、国民的菓子パンヒーローよりも孤独な存在である。
🐈🐈🐈🐈🐈
俺は、闘神ロウダン。
この「礎のダンジョン」にて、強き者を求めている。
群がる雑魚どもを蹴散らし、より強き魔物を求めてダンジョン内を彷徨い続ける。
つい先ほども、二、三〇体ほどのゴブリンどもを討伐した。
いったい、どれほどの刻をこのダンジョンで過ごしただろうか?
いったい、どれほどの数の魔物を葬っただろうか?
いったい、このダンジョンには、どれだけの魔物が潜んでいるのだろうか?
白骨の道を踏みしめて、
力の限り
出会う魔物たちを打倒し、
数多の魔物を薙ぎ払い、
倒しても、倒しても、
殺しても、殺しても、
俺の心は満たされない。
いったい、どれだけ倒せば、
いったい、どれほど殺せば、
俺の心は満たされる?
俺は身体に付いたゴブリンどもの血を洗い流すと、岩壁にもたれかかり浅い眠りについていた。
こんなときは、いつも昔の夢を見る。
―――貴様のような者を強者とは言わん。やっていることは、ただの
俺とさほど体格の変わらぬ男が、地を這うように倒れている俺を見下ろしている。
侮蔑の色に染まった冷ややかな視線が、俺に向けられている。
これは、一〇代の頃の俺だ。
俺は、あのとき、あいつにブチのめされた。
俺は、あのとき、はじめて敗北を味わった。
あの頃、俺は街道沿いにある亀岩のあたりで、通りかかる盗賊、腕自慢の浪人、冒険者等に勝負を持ちかけていた。
拳闘でも剣術でも魔法でもいい。
勝負をして俺に勝てば相手は銀貨五枚を獲得し、負けたときは俺が銀貨五枚を頂くという条件で、手あたり次第にケンカを売った。
俺に勝てるヤツなんていなかった。
強いヤツと勝負するときは、胸の奥がヒリヒリした。
腹の底から、熱いものが込み上げてくるようなカンジがした。
強いヤツに勝った後は、不思議な飢餓感に襲われた。
もっと、もっと、強いヤツと勝負したくなった。
勝てば勝つほど、勝つことに飢えた。
だが、同時に、俺のなかで別の感情と醜い欲望が成長し始めた。
それは、負けることに対する恐怖。
それは、勝負に勝てば金を得られるという物欲。
いつしか確実に勝てそうなヤツにだけ、ケンカを売るようになった。
そんなときだ。
俺は、あいつに出会った。
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