番外編① フォーチュンドリャの想い出

 ソーラーシステム第四大学工学部、いちおう機械工学科だけれど、化学物質を扱うゼミは、学部の3年生4年生と院生も集う、研究内容もメンバーもクロスオーバーなゼミだ。

 ハードコアな実験を続けるものだから、教授も学生もつい熱中して、夜遅くまで研究室にこもってしまうこともある。


 そんなある日、帰り道が暗いので、学生アパートが同じ方角のユリちゃんを、フォーチュンドリャが送っていくという成り行きになった。

 ユリちゃんのアパートへ到着間際に、突然どしゃ降りの雨に遭い、ずぶ濡れになっちゃったふたり。ユリちゃんはフォーチュンを自分の部屋へ誘い、シャワーを浴びて服を乾かしていけという。

 遅くまで実験に集中して疲れていたうえに、雨に濡れた身体も冷えてしまっていたから、お言葉に甘えることにした。


 シャワーを浴びている間にヒーターの上で服を乾かし、ユリちゃんが淹れてくれたお茶を飲み、フォーチュンはほっと落ち着く。


 ユリちゃんがシャワーを浴びている間、あんまり見ちゃいけないと思いつつも、つい部屋の中をちらちら見てしまう。ロージーの部屋には何度か入ったことがあるけれど、同郷人のロージーの部屋は、フォーチュンにとってさほど違和感はなく、家族と一緒にいるみたいな感覚だった。

 ところがユリちゃんの部屋は、カーテン、置いてある物、掛かっている服・・・なんだかちょっとまばゆいような珍しさというか、

〈なんとも女の子の部屋であることよ〉

 といった印象だ。


 テーブルの端に置かれていた雑誌を手に取り、パラパラめくっていると、ユリちゃんがバスルームから出てきた。

 テッラの秋蛸町あきたこまち出身で色白肌のユリちゃんが、ほっぺをピンク色に染めて、髪をタオルでゴシゴシ拭いている。フォーチュンの妄想は、そんなユリちゃんの頭上に温泉マークの湯気を描き、ユリちゃんの顔をホカホカ蒸したての桃まんじゅうにする。


〈かわいい〉

 思わず微笑む。


「お茶おいしかったよ。ありがとう。傘・・余ってたら貸してくれるかな?」

 立ち上がって帰ろうとするフォーチュンを、ユリちゃんは引き留める。


 それからはまあ、にゃんにゃん・・という展開に・・・。フォーチュンはいちおう、いったんはご辞退したのだが・・。

 一年ほど前、マーズタコ湖の岸辺でロージーと抱き合ったとき、うっかり反応してしまったけれど、突然のことで避妊具なんて持ってないし、気をつけたつもりではあったが、ロージーの心身を傷つけるようなことになりはしないか、と不安になったものだ。


 勢いでそんなことをするものではない、と、生真面目にもフォーチュンは心得ていたのだが、ユリちゃんは、ベッド横のチェストの引き出しから平然とコンドームを出してきた。

 ユリちゃんはテッラに遠距離だが彼氏がいるから、そういうものを持っていても不思議ではないし、ちょっと遊んでもらうくらいなら、と、フォーチュンも気持ちが軽くなり、ではいただきます、ってことに・・・。


 それからは、折にふれ、ユリちゃんの女の子なお部屋でにゃんにゃん・・ってことも・・・。

 ユリちゃんはフォーチュンの匂いが好きだという。変態趣味というわけではない。ネプチュン鳥島人の細胞には、ビイル薔薇の花の、えもいえぬ芳香が、遺伝子のように染みついているらしい。


 今でこそ〈リケジョ〉って、そんな言葉すらもう古くさいほど、理系学部の女子学生は普通に大勢いるけれど、当時はまだ、特に第三大、第四大あたりの工学部では、女子は桁違いに少数。

 そんな稀少種で、しかも彼氏もいて可愛いユリちゃんに手を出しちゃったりするなど、ヒンシュク者の不届き者であるゆえ、誰にも言えはしない。


 学部の友人たちが憧れを込めてユリちゃんの噂をするときなど、フォーチュンは、頭の中で桃まんじゅうのホカホカなユリちゃんを思い描きつつも、みんなから一歩引いて、目立たないようにしていた。

 もともと温厚で、にこにこしているけれど口数も少ないフォーチュンだから、だれもフォーチュンがユリちゃんを抱いちゃったりしてるなんて知らないが、親友のテク野くんだけはちゃんと感づいていたさ。


 卒業して故郷へ帰るとき、引越の荷造りを手伝いに友人達が来てくれた。大学院へ進学するテク野くんは、ゼミの後輩であるユリちゃんも連れて行く。

 荷造りといってもたいした荷物もなく、おもな目的は専門のテキストを後輩たちへ譲り渡すこと。そのほとんどは、フォーチュンも先輩から譲り受けたやつだ。

 テク野くんが上手に采配して、必要な資料などを後輩たちに引き継ぐ。


 ユリちゃんは、フォーチュンのゼミのノートを譲ってほしいと言う。同じゼミにいて、ユリちゃんもちゃんと単位を取って進級するから、勉強目的では価値はないのだが、

『フォーチュンドリャさんの筆跡を記念に持っておきたい』

 のだそうだ。

 テク野くんは、ユリちゃんと、遠い遠いネプチュン鳥島へ帰っていくフォーチュンが、今日限りで永遠のお別れになるのだな、と思い、ちょっぴり切なくなる。


 片付いた部屋で、フォーチュンとユリちゃんは最後のお別れの挨拶をする。

 腕の中ですすり泣くユリちゃんを、フォーチュンは心から愛しいと思った。それからふたりは、言葉少なに、激しく、互いを求め合い、フォーチュンは熱くほとばしる魂のひとかけらを可愛いユリちゃんに注いだ。

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