グリンの呪術

 しかしロージーさんは前向きな様子だ。


 村役場勤務のロージーは、ネプチュン鳥島史資料集の写しを記録室で読んだことがある。

 ネプチュン鳥島では、農場での食糧生産とは別に、ビイル薔薇と交配させる目的で、外国から植物の種や株を輸入して植える、という試みが、100年ほど前までは続けられていたという。それらの試みはことごとく失敗していた。

 村議会では、もうビイル薔薇を一般植物と見做みなさず、空気と同じ〈環境〉として扱いましょう、と決めちゃったらしい。


 アナザフェイトn番ちゃんが『この世の技術では遺伝子操作ができない』と言ったのは、やはり科学的にも正しいみたいだ。侮れないやつだ。

『この世の技術でなければ可能性はあるかもしれない』だと?


 それだけやっても分子構造を変えられなかったビイル薔薇。ひょっとして、この世の技術ではない方法で遺伝子組み換えなんかしちゃったら、とんでもないことになってしまうのではなかろうか・・・?  だからあんなに堅固なのかも。

 生態系に影響を与えてしまったら、今度は創造主の問題ではなくて人間の責任になる。その後の責任を人間は引き受けられるのか?

 海の神様は『聞かなかったことにする』って、無責任な態度を決め込んじゃってるし・・



「その〈種〉を蒔いていいかどうか、グリンちゃんが占うことはできないの?」

 バーラちゃんがそう言うと、みんなは〈それもそうだな〉と思う。

 この島が誕生した日付を特定することはできないから、占星術では無理だ。でも、宇宙の意志を探るまじないなら・・・

 グリンは頭の中で、いくつかの〈お問い合わせ〉術の様式の中から、この状況で使えそうな方法の組み合わせを考えてみる。



「では、大きな紙を一枚、裏が白いやつならなんでもいいので用意できますか?」

 ロージーさんは、この前めくった前月のカレンダーの紙を出してきた。カットしてメモ用紙にしようと思ってたやつだ。

「こんなのでもいい?」

「ええ、この大きさなら充分です。それと、できるだけ古い小銭を一枚貸してください」


〈カバンに電子辞書入れといてよかった〉

 グリンは時折、電子辞書で『惑星呪術学大事典・実務編』を引きながら、カレンダーの裏紙に魔法陣を描き、ジュピタン文字をぐるりと書き込んでいく。書き順を間違えないように、いくつかの象徴記号を所定の角度に書き入れる。


しろとして、焔があればいいのですが、ロウソクとかありますか?」

「えーっと・・ここらへんに入れてた・・かな」

 メカノフさんがなぜか食器棚からロウソクを出してきた。


 魔法陣の〈天頂〉の位置から外側に少し離してロウソクを立て、火をつけると、濃厚なバラの香り・・普通のロウソクも、この島ではアロマキャンドルになっちゃう。


 ここにいる人の中で、最年長のナオスガヤさんと、最年少のバーラちゃんが、ひとつのコインの上に指を置く。

「お二人は目を閉じていてくださいね」

 グリンがジュピタン古語の召喚祝詞のりとを奏上すると、ロウソクの焔がユラリと一回転するように揺れた。


 ここからは一問一答方式。グリンがジュピタン語で問いを発すると、ナオスガヤさんとバーラちゃんの指を載せたコインがスーッと動き、円周の文字を指していく。指された文字をデューンが音読しながらメモを取る。

 コッ〇リさんみたいだけれど、グリンとコインのやり取りがあっさりした事務的な質疑応答のていをなしているものだから、あまり不気味な感じはしない。それでもどこか霊的交感のしるしが点滅する、それなりに厳かな雰囲気ではある。


 一回の術で質問できる件数は決まっている。事の核心に迫る問題を厳選して考えたから、これで充分だろう。

 グリンは感謝の祝詞を上げ、二人の指からコインを解放。魔法陣を描いたカレンダーの裏紙でコインを包み、外へ出て、ロウソクの焔で紙を焼いた。紙は包んだコインもろとも細かな灰と化し、風に乗って霧消した。


 デューンが書きとめた言葉を、グリンがネプチュン語に翻訳する。

『ソーラーシステム大御神様の使いの聖霊』

『成熟した自然を求める』

『アナザフェイトに従う』

『ビイル薔薇、沈静』

『時機、きわめて重要』


 最後に何か言いたいことはありますか、という問いに対しては、

『ネプチュンねぼすけ』とのこと。


 ソーラーシステム大御神様というのは、神々の親分のようだ。ビイル薔薇を大繁殖させちゃったのは、海の神様がうっかり寝過ごし、島のメンテナンスを忘れてたからなんだけど、ビイル薔薇自体を創造したのは親分だからね。手に負えなくなっちゃってるのをなんとかする良い機会だ、くらいにおぼし召して、許してくださるかもしれない。



 戸惑う気持ちがきれいに払拭されたわけではない。

〈決行〉するには万全な根拠とはいえない。しかし、やってみる価値はありそうだ。


『時機が重要』とは、アナザフェイトn番ちゃんが指示した日付の星の位置だろう。

 グリンたちは、いったん計算して作成したホロスコープを、いま一度、検算してみることにする。

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