ロージーとアルチュン 叶わぬ願い
それでもいつしかロージーは、アルチュンドリャに心惹かれている自分に気づいてしまう。フォーチュンの代わりにお兄さんを愛する? いやいやそれはどちらに対しても失礼だ。心のどこかで、アルチュンの中にフォーチュンの面影を探している自分を、自分で叱る。
でもそれだけでもないような気もする。もし二人が兄弟じゃなくても、この人を好きになっていたかもしれない。
バラ中だけれど、若者達や会社の従業員達から慕われ、愛されているアルチュンドリャだ。面倒見の良さはもちろん、どこか人を惹きつける魅力を持っているのだろう。
アルチュンドリャが人の話を聞く態度みたいなのが、その魅力のひとつかもしれない、とロージーは思う。こちらの人格、というか、なんだか魂までごっそりそのまま、温かく優しく抱きとめてくれるような、そんな包容力を感じる。この人に寄り添っていたい、この人に魂を抱かれたい。
判決公判を翌週に控えた面会。ロージーはアルチュンドリャに、自分の気持ちを伝えようと思う。
アルチュンドリャは、これまでの公判の経緯からみても、弁護人の予測からしても、厳しい判決が下ることを覚悟している。ロージーと会って言葉を交わすのはこれが最後になるかもしれない。
「ロージーさん、フォーチュンと長い間一緒にいてくれてありがとう」
そんなことを言うアルチュンドリャに、不意にロージーはちょっぴり腹立たしさを覚えてしまう。
アルチュンドリャが社長を務める会社から実家まで、めちゃくちゃ遠くでもないのに、同じ島の中なのに、弟に会いたいと思えば会える距離だったのに、どうしてあなたは一度でも帰ってあげなかったの?
でも、近くにいても会いに行くことができなかったアルチュンドリャの心情はそれなりに理解できる。もう少しまともになってから、ちゃんと顔を合わせられるようになってから・・・なんて考えていたのだう。本人もさぞ辛かったことだろうと思う。
両親とフォーチュンのほうは、直接は会えなかったけれど、新聞記事や人の話から、アルチュンドリャの会社の業績が好調であることがわかっていたから、なんとか無事にやっているのだろう、と考えて納得するしかなかったのだ。
「アルチュンドリャさん、もし実刑だったとしても、帰って来たら、ご両親を大事にしてあげてくださいね」
「両親には大変な苦労をかけてしまいました。将来もし一緒に暮らす時間を与えられるとしたら、どんなにしても償いたい」
「ご両親もそれを楽しみになさっていますよ」
それはたぶん叶わぬ夢だ。アルチュンもロージーも、そう思う。
「ロージーさん、フォーチュンと僕は似てるでしょうか?」
とんちんかんな質問だ。この人は両親に、弟の身代わりとしての自分を捧げたいのだろうか? 自分は自分として、ちゃんと親孝行もできるだろうに。
「声が・・・似ていますね。それから、話し方も・・・。目を閉じて聞いていると、フォーチュンの声を聞いてるみたい」
「僕は大人になってからのフォーチュンの声を知らない」
「・・・・・・・」
なんだか残酷な答え方をしてしまったようだ。ロージーはばつが悪くなり、ちょっとうつむく。それから、先ほどからのじれったさをぶつけるように言葉を継いだ。
「あなたはあなた、フォーチュンはフォーチュン。でも兄弟だから似てるといえば似てますよ。あなたもフォーチュンも、穏やかで、思いやり深くて、優柔不断なのにどこか頑固で、・・・不器用なんだから」
「・・・そうですか・・・」
少しの沈黙の後、ロージーは意を決して言う。
「あなたを・・・待っていてもいいですか?」
思いがけない言葉にちょっと驚いたように顔を上げてロージーを
〈私はまたまた、この人を悲しませるようなことを言ってしまったのだろうか?〉
アルチュンドリャは、ロージーの質問にすぐには答えず、唇を結び、年下のロージーをいい子いい子するような優しい眼差しを向ける。
「いいえ、ロージーさん。きみは、幸せになってください」
ロージーは涙ぐみ、うなだれた。告白した瞬間フラれたからじゃなくて、フォーチュンドリャの最後の言葉とほとんど同じだったからでもなくて、もっと辛い。きっとアルチュンドリャのほうが、自分より何倍も苦しいのだ。
「ありがとう、ロージーさん」
アクリル板の向こうでアルチュンドリャはロージーに深く頭を下げる。
ロージーは、いつかきっと再会しましょう、という願いを込め、軽くお辞儀をして、面会室をあとにした。
判決が言い渡される日の傍聴席は、皮肉にもアルチュンドリャの人徳を示すように、大勢の人々の祈りで埋め尽くされていた。アルチュンドリャを慕う仲間や従業員たち、ご両親、ポセドン村長はじめ村役場の幹部職員たち、それに故フォーチュンドリャの友人たち。
ローカル地方裁判所離島支部刑事部、ハンジー裁判官の声が、厳粛に法廷に響き渡った。
「主文 被告人を無期懲役に処する」
アルチュンドリャは背筋をのばし、裁判官の声に聞き入る。
その後ろ姿を、ご両親が瞬きすら惜しむように、食い入るように見つめる。息子の最後の姿を瞼の裏に焼き付けようとするかのように・・・。
閉廷が告げられると、アルチュンドリャは傍聴席に向き直り、深々と頭を下げ、収監されていった。
アルチュンドリャ本人の意向により弁護側は控訴せず、刑は確定する。
刑務所のある隣島までは、フェリーで丸一日かかる距離。今度こそ本当に、遠く離れてしまうのだ。
この日が、アルチュンドリャとの永遠の別れの日となった。
数週間後、隣島の刑務所から運ばれてきた棺を、小さな港にあふれるほどの人たちが出迎えた。
海の神様は、憐れみをかけてくださったのだろう。肌に薄くバラ色が差す、美しい死に顔だった。
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