雷鳴

 連休明けが月曜日から始まり、今日で5日目。


 つまり、金曜日ということ。


 柏原くんと交代した週番も、今日で終わりだった。


 お昼休みに絵梨香に知らされたことで頭が一杯になり、午後の授業の中身はさっぱり分からないで終わってしまった。


 放課後、部活に行く前に2年校舎と、割り振られている特別校舎の戸締まりを確認して歩かなければいけない。


 今日は特に週末だから、課外活動で使用してない教室の施錠もすることになっていた。




 私は一人、特別校舎の入り口にいた。


 本当は二人一組で見回るんだけど。


 一緒に特別校舎を見回ることになっているクラスの週番が早退してしまったのだ。


 戸締まりだけだから、別に1人でも大丈夫なんだけど。


 人気のない校舎は、何となく、寂しい。


 おまけに、雲行きが怪しくなってきた。




 いつもより薄暗い教室の中を、私は点検して回った。


 二階の見回りを終えて、階段を降りていた、その時。






 ドカーンッ!!!






「キャアアアァァッ!!」


 物凄い地響きがして、私は思わず悲鳴を上げた。




 途端、階段の電気が消えた。


「うわっ!」


 一瞬目の前が真っ暗になって、私は足を踏み外し、階段を滑り落ちた。


 幸い後2、3段だったので、転がり落ちるようなことにはならなかったけど。


 私はそのまま、階段の踊り場にしゃがみこんだ。




「っ……! 痛ッ……!」


 運悪く、足を捻ってしまったらしい。


 立ち上がろうにも、痛くて立てない。




 ゴロゴロ……。


 遠くで雷の音が聞こえる。


 さっきのは、どうやら大きな雷だったのだろう。


 近くに落ちて、おまけに停電してしまったみたいだ。




「……どうしよう」


 他のクラスの週番が探しに来てくれる可能性は低い。


 自分達の持ち場が終わったら流れ解散ということになってるし。


 週番日誌が返ってないことに気付いて、先生が探しに来てくれるとしても、まだ数時間先だろうし。


 授業中の規則でしまっておいたまま、スマホは、カバンと一緒にロッカーに入りっぱなし。




 あー、どうしよう?




 ……多分、15分くらい過ぎて。


 電気は点いたけど、相変わらず人気はない。


 聞こえてくるのは、雷の音と、激しい雨音。




 あー、よりによって校舎の一番奥の、階段の踊り場だなんて!




 まだ、階段下だったら、普通校舎より小さな特別校舎だもん、這ってでも出口に行けたけど。


 今の状態で、階段を降りるのは、怖い。


 下手すれば、今度こそ転がり落ちる羽目になる。




「もしもしー? ダレかいませんかー?」


 演劇部で鍛えた大音量で声を張り上げてみるけど、返事はない。


 誰もいない校舎なのに、思ったより声が響かない。


 雨と雷に、かき消されてしまってるみたいだ。


 私は、もう一度、もっとお腹に力を入れて、声を張り上げた。




「ダレかー! ダレか来てくださーい!」




 虚しく雨の音が響く中、私は思わず涙ぐんだ。


 あと、何時間こうしていればいいんだろう?




 その時、電気が揺らめいて、空が明るく光った。


 さっきほどではないけれど、耳をつんざくような雷鳴に、私は思わず耳をふさいだ。




「いやぁーっ! ダレか来てえぇー!」




 恐怖と孤独と痛みで、私は無我夢中で叫んでいた。




「ダレかーっ! ……聡ちゃーん!」




「れーこちゃん!?」




 目の前に、聡ちゃんが、柏原くんが、いた。




 まだ部活には行ってなかったのか、制服の上にバスケ部のジャージを着ている。


「大丈夫?」


 いたわるような、優しい笑顔を見て、私は思わず泣き出してしまった。




「れーこちゃん? ……大丈夫だよ。よかった、見つかって……」


 ふわっと、柏原くんが、頭を撫でてくれた。


「この天気なのに、れーこちゃんが帰って来ないから……よかった」


「聡ちゃ……柏原くんが、どうして?」


「休んでいた時の授業で、どうしても確認したい部分があって。昼休み、聞き損ねたから、教室で待ってたんだ。だけど、帰って来ないから……メッセージも既読つかないし、おまけに、この天気だし……」




 その時、三再みたび雷鳴が轟く。


「やだあぁあ!」


「……やっぱり、今でも、苦手なんだ、雷」


 思わず抱きついてしまった私を、柏原くんは、ギュッと抱き締めた。




「雷おこしは好きなくせに、雷は嫌いなんだよね。れーこちゃんは」




 そのあと。


 私が足を捻挫しているのが分かると、柏原くんは……!




「ちょ……! や、やめてよ……!」




 ひょいっと、私を抱き上げた!


 お、お姫様抱っこ……!




「立ち上がるのも痛くてダメな人が、文句言わない!」


「だって! 私! 重いし!」


「大丈夫! 俺、もうれーこちゃんよりずっとでかいんだぜ?」


「でも! こんな……誰かに見られたら……恥ずかしいよ」


「……じゃあ、おんぶ?」


「……う……うん」


 まだその方が、恥ずかしくない、かな。


 足が痛くて立てないので、膝立ちして、私は柏原くんの背におぶさった。




「……なるほど。こっちの方が、俺もいいかも……」


「え?」


「あ、ううん。何でもない。他に痛いところはない?」


「大丈夫……」




 あったかい……。


 柏原くんの背中。がっしりとして、安定感があって。




 ……って、これって、さらに密着してる!?


 私は思わずのぞけってしまった。




「こら! バランス崩すから、しっかりはり付いて!」


 柏原くんに注意され、私はおずおずしがみついた。




「かし……聡ちゃん」


「なあに、れーこちゃん」


 昔と変わらない口調で、声だけが低くなって。




「好き」




 一瞬、柏原くんの動きが止まった。




「……って言ったら、困るよね」




 柏原くんの動きが、完全に止まった。




「困る」




 はっきり、そう聞こえた。


 ……だよね。




「今の状況で、言うなよ……顔も見えないじゃん」


「……?」




 再び、柏原くんは歩き出す。


「もう一回、顔見て言って……っつーか、何で先言っちゃうかなー」


「何でって……つい」


「俺の計画台無しー」


「計画?」


「だって、1年生の時は、俺のこと避けてたろ?」


「え! 何で……?」


「だって、会うたび逃げられてりゃ、分かるよ。何とか話す機会を狙っていて、1年過ぎちゃったけどなあ……やっと同じクラスになったのに、微妙に気まずいし」




 怒ったような柏原くんの口調に、私は無言で答える。


「ばあちゃんが亡くなった時、不謹慎だけど、チャンス! と思ってさ。冠婚葬祭に関することなら、無理な頼まれごとも許されるかなーと。思い切って電話してさ」




 ……その点については、私もちょっと不謹慎でした。


 おばあさまのご不幸より、連絡もらったことの方を喜んでました!


 ゴメンなさい!






 保健室の入り口で、柏原君が……聡ちゃんが、止まる。




「ずっと、好きだから」




 顔は見えなかったけど、耳が真っ赤に染まっていた。


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