おもいで
柏原聡一くんは、小学校6年生の4月に、転校してきた。
そして翌5月には、修学旅行があった。
新幹線で2時間かからない近さになっても、やっぱり修学旅行で東京に行くのは楽しみで。
5年からの持ち上がりのクラスだったから、ある程度仲良しグループも出来ていて、事前学習すら楽しくて。
……そんな中に、まだ右も左も分からない柏原くんは、放り込まれてしまった。
今でこそ、元気で、体格もガッシリして、みんなに頼りにされる人気者だけど。
転校してきたばっかりの頃は、小柄で、女の子みたいな顔と声の、華奢で気弱な男の子だった。
たまたま同じ班になり、私は班長になった。
「まだ慣れていなくて不安だろうから、面倒見てあげてね」
担任の先生が、私に言った。
柏原くんとは対象的に、クラスの他の男子よりも背が高かった私。
気がつくと、何かの役目を押し付けられていた。
正直、面倒くさいと思ったけど、ついつい、イイ顔しちゃうんだよね。
この頃から。
なもんで、せっせと世話を焼いたよ。
柏原くんが、また全然照れないで。
「れーこちゃーん、置いてかないでよー」
ちっちゃい身体で、せっせと追いかけてくるから、もう、気分は姉か母ですよ。
頭ひとつと半分、背丈の差があったから、周りからはホントに姉弟に見えていたかも。
で。
修学旅行の醍醐味のひとつには、限られたお小遣いを遣り繰りして、いかにベストチョイスなおみやげを選ぶか、というのがあるわけで。
おみやげを買うのは、東京タワーに決まっていたんだなあ、これが。
スカイツリーじゃなくて、タワーなのは、まあ、混んでたんだろうね。
ともかく場所を制限しないと、他に行ったテレビ局やランドで収拾がつかなくなる、と予測されたので。
で、見つけたのが。
雷おこし。
軽いし、名物だし、嵩はあるし……値段も手頃。
「れーこちゃん、これ買うの?」
「うん。甘くてサクサクして、美味しいから」
その他もろもろの理由は省いて。
試食の雷おこしは、確かに美味しかったから。
「ふーん。……うん、美味しいね。僕もこれ買おっと」
自分と妹用に東京タワーやなんかをレーザー彫刻したアクリルガラスの置物と絵はがきを買い、その他のおみやげは全部雷おこしにした。
……その時に、柏原くんの脳内には、こうインプットされたに違いない。
「北見怜子は雷おこしを買い占めるほど好きだ」
と。
修学旅行が終わってからも、柏原くんは何かあると「れーこちゃーん!」と私に泣きついてきた。
私も口では、面倒くさいと言いながら、結局後始末をして回る毎日だった。
まあ、どうせ中学に上がるまでの辛抱だしね、と言いながら、結構楽しく世話を焼いていた。
それは、卒業を待たずして、現実になった。
2学期の半ば、10月の初めに、柏原くんは転校してしまった。
父親の転勤、ということで。
あっけなくいなくなってしまった小さな男の子のことを、時折思い出すこともあったけど。
それは、ちょっと淋しいかな、という程度の、感傷にすぎなかっんだけど。
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