20話 晩餐会





 部屋に戻ったホミカは、すぐに薬草の準備をした。持ち帰る予定だった、根から採取した日光草と月光草も渡すことにする。本当は持ち帰りたいのだが、薬を作るのに必要な薬草が足りないため持っているものは全て渡すしかない。

 借りていた道具も全て片づける。それから部屋の掃除をした。本当ならメイドに掃除を任せるのだが、晩餐会の準備で忙しいのか部屋には来ない。

 昼食を届けに来たガルフレッドも忙しいのか、すぐに部屋を出て行ってしまった。その際に、借りていた道具と薬草を渡した。それを見て、一瞬だけ悲しそうな顔をしたが元の表情に戻ると立ち去って行った。

 レニーと2人で昼食を食べてから、部屋の掃除を再開した。着替えや本をブラウンのトランクにしまい、窓の外を見るとすでに薄暗くなっていた。

 掃除に集中していて気がつかなかったが、食器を取りに誰かが来ていたようだ。ガルフレッドだろうが、忙しそうだったためメイドが取りに来ていたかもしれない。しかし、姿を確認していないため分からない。


「ここからの風景も、もう見れなくなるのね」

「そうね」


 夜警をしているガルフレッドの姿を見ることもなくなるのだ。寂しさから泣きたくなったホミカだが、頭を横に振ると「二度と会えないわけじゃない」と呟いた。

 晩餐会を開くと言っていたので、呼ばれるまでホミカはレニーと共に窓の外を眺め続けた。

 外を眺めていると、見知らぬ人が歩いていることに気がついた。全員が荷物を持って王宮から出て行こうとしている。その姿をよく見ていると、紺色のローブを着ていることに気がついた。

 歩いているのは部屋に籠っていた薬師達だった。彼らは晩餐会には参加しないようだ。誘われなかったのか、誘われても役に立たなかったからと早々に立ち去るのかもしれない。

 門番と話しをして、立ち去って行く薬師達は全員歩いて帰るのか、街の中で馬車に乗って帰るのだろう。もしも彼らが何かの働きをしていれば、晩餐会に参加していたのかもしれない。

 中には、晩餐会に参加するために残っている薬師もいるかもしれない。残った薬師がいる場合は晩餐会で会えるだろう。

 全員の姿が見えなくなった時、扉をノックする音が部屋に響いた。すぐに扉が開かれた。入って来たのはガルフレッドだった。扉を閉めずに告げる。


「準備が終わった」


 どうやら呼びに来たようで、ホミカはレニーを連れて部屋を出た。ガルフレッドに案内されたのは、食堂だった。

 食堂には既に大勢が集まっており、すでに各々飲み食いをしていた。

 好きなものを飲み食いしていいと言うと、ガルフレッドは食堂から立ち去ってしまった。もしかすると、仕事があるのかもしれない。

 用意されている皿と箸を手に取る。壁際には座って食べられるようにとテーブルと椅子がいくつも用意されており、中心には料理が盛り付けられたテーブルが設置されていた。

 皿にトングで料理を盛り付けて、飲み物を受け取って人が集まっていない壁際の椅子に座った。レニーと一緒に料理を食べながら、食堂内を見渡した。

 製薬所で働いている薬師達と、騎士達。王宮で働いているメイドや執事達、そしてコックの姿がある。もちろん、ヒューバートも騎士やコック達と話しをしている。

 しかし、ヒューバートの隣には1人の女性がいた。王宮内では一度も見たことのない女性だった。だが、ホミカはどこかで見たことがあるような気がしていた。考えても思い出せないので、諦めて料理を口に運んだ。

 食べたことのないものもあったが、どれもおいしく、手を止めることはなかった。椅子に座り料理を食べている間、ホミカの元には何度も薬師達がやって来た。

 ホミカのお陰で病の原因が分かり、薬草も何を使えばいいのかも判明した。自分達が製薬所内のことを誰かに言いたくても言えずにいた。それらをホミカが全てヒューバートの耳に入れることになった。そのため、感謝を伝えるために交互に薬師がやって来たのだ。

 ホミカとヒューバートの間にガルフレッドが入っているのだが、問題はそこではないため誰も名前を口にすることはなかった。

 薬師達が満足して、ホミカの元を離れると騎士達がやって来る。彼らはデザートを持って、ホミカに差し出してくる。多くの騎士が、薬のことで礼を言ってくる。家族の中に病にかかった人がいたのかもしれない。

 外が暗くなると、お酒を飲む人も出てきた。騎士の中にも飲んでいる人はいたが、夜警の仕事がない人のようで飲みすぎないように注意をされているだけだった。

 満足するだけ食べたホミカは、飲み物を持ってきた執事に礼を言いながら紅茶を飲んでいた。食器は執事が持って行き、レニーと一緒に少しだけ静かになった食堂内を見ていた。騎士の数が少し減っており、夜警に行ったのだろう。

 すると、1人の女性と目が合った。その女性は先程ヒューバートの隣にいた女性だった。女性は目が合うと微笑んで、ゆっくりとホミカへと近づいてきた。


「久しぶりね」


 何処かで会ったことがあるのだろうかと記憶を探ると、店に薬を探しに来た女性を思い出した。あの時の女性よりも見た目が綺麗ではあったが、目の前にいるのがあの時の女性だということに漸く気がついた。

 店に来た時と見た目が違うのは、今は化粧をしているからだろう。


「こちらで働いている方だったんですね」

「あら、少し違うかしら」


 笑顔で言う女性はレニーの頭を撫でた。悪魔だということが知られても、ホミカ以外がいる場所ではレニーはあまり喋ろうとはしなかった。

 大人しく頭を撫でられながら、少し嫌そうな顔をしている。


「改めまして、私はフィミナ・レヴェナ」

「レヴェナってことは、ヒューバート陛下の奥さんね」


 頭を撫でられながら答えたレニーを、まるで褒めるようにフィミナは抱きしめた。流石にそれは嫌だったようで、暴れてしまう。手を離すと、レニーは一度毛繕いをした。

 そしてフィミナから離れるように、椅子に座っているホミカの膝の上に降りると丸くなってしまった。

 その姿にフィミナはクスクスと笑った。気にしていないようだが、ホミカにとっては気まずかった。相手は王妃なのだ。あまり無礼になるようなことはしてほしくはなかったのだ。

 ただ、ホミカ以外がいる場所でも話をするのは珍しかったので、少し驚いてはいた。


「実は、私があなたの店に行ったのは、信頼できるかを確認するためだったの」

「それは、師匠のエミリアに話を聞いていたからですか?」

「ええ。一度も会ったことのない人のことを簡単には信頼できないでしょう? だから、私自ら確認しに行ったの」


 フィミナが確認して、王宮に戻ってから信頼できる相手だということで漸く騎士であるガルフレッドがホミカの元へやって来たのだろう。

 先に呼んだ薬師達があまりに使えなくて、薬師を呼ぶにも疑ってしまっていたのだろう。呼んでも何もできないのではないかと。だからフィミナが確認しに来た。

 ただ、全てを確認できるわけではないので、残りの薬師は製薬所の責任者でもあったアルハイトに任せたのだろう。責任者なのだから、少しは知識があるとでもその時は思っていたのかもしれない。


「貴方が来てくれて本当によかったわ。ありがとう」


 そう言うとフィミナは手を振ってヒューバートの隣へ戻って行った。何か楽しそうに話をするフィミナから、ヒューバートはホミカへと視線を向けた。困ったような顔をしているのは、フィミナが話し続けているからだろうか。それとも、多くの人と話して疲れているのか。もしくは、両方だろう。


「まったく、ベタベタ触るのは勘弁してほしいわ」

「でも、悪魔だって知っているのに触っているんだもの。受け入れてくれているのよ」


 受け入れてもらっていることは分かっているようだ。それでも、触れられることに慣れていないらしく、不満げにため息を吐いた。

 ホミカが触れることには何も思っていないようだが、他の人が触れると嫌がることが多い。触り方に違いがあるのかもしれないが、ホミカは撫でる側なので違いは分からない。

 それから飲み物をゆっくりと飲み、気分転換をするために立ち上がった。膝に乗っていたレニーは何も言わずに膝から下りると、近くのテーブルの下へと歩いて行き毛繕いをはじめた。

 しかし、そこにいた騎士達に掴まってしまう。椅子に座っていた騎士に抱き上げられてテーブルの上に乗せられると、他の騎士達に頭を撫でられる。どうやらレニーを撫でてみたかったようだ。

 中には酔っ払っている騎士もいるようで、嫌がるレニーを抱き上げて構っている人もいる。

 その様子に苦笑いをしながら、ホミカはバルコニーへと向かった。少し人数が減ったといっても人が多く、食堂内は少し暑く感じられていたのだ。バルコニーに出ると、夜風が涼しく感じられた。

 バルコニーからは、明かりの灯った綺麗な街が見えた。製薬所からは煙も出ていない。それらを1人静かに眺めていると、背後から声をかけられた。


「こんなところにいたのか」

「ガルフレッド」


 今まで姿を見せなかったガルフレッドが、カップを手に近づいてきた。1つをホミカに手渡して、もう1つはホミカの隣に並んでから口をつけた。

 ガルフレッドに渡されたのは、紅茶の入ったカップ。一口飲んだだけでも分かるほど、先程飲んだ紅茶とは味が違う。ガルフレッドが持ってきた紅茶は、彼がいれたものだった。

 どうやら街の見回りをしていたようで、今食堂に来たようだ。本来、ガルフレッドの仕事は夜警なのだが、今回は明るい時間に見回りを任されていたようだ。

 今日くらいは、夜にゆっくりしろというヒューバートの計らいなのかもしれない。


「本当に帰るんだな」

「ええ」

「待ってる人もいるんだもんな。寂しく、なるな」


 獣人であろうとガルフレッドの表情は豊かだ。今にも泣いてしまいそうにも見えた。それは、帰ってしまうから寂しくて泣きそうなのか、待っている人がいるということに泣きそうなのか。ガルフレッドは孤児院出身だと言っていたから、待っている人はいないのかもしれない。

 どちらなのかは分からなかったが、ガルフレッドの顔を見ているとホミカまで泣きそうになっていた。


「寂しくなるわね。でも、母も弟子のネスティも、常連さんも私を待っているから帰らないと」

「ん? 待ってる人って、その人達なのか?」

「ええ、そうよ」


 それを聞いて、ガルフレッドは盛大にため息を吐いた。どうやら他に待っている人がいると思っていたようだ。

 下がっていた尻尾が持ち上がり、静かに揺れる。その意味が分からず、ホミカは首を傾げた。


「本当はね、できればあなたの側にいたいのよ。けれど、私を一番必要としているのは街の人達なの」

「俺だって!」

「え?」


 突然腰を抱き寄せられて、ホミカは驚いた。持っていたカップを落とさないようにするホミカだったが、ガルフレッドはカップから手を離してしまっている。足元で割れたカップには紅茶が入っていなかったようで、中身が零れることはなかった。

 しかし、食堂内にいる全員の視線が向けられていた。カップの割れる音が聞こえたようで、何事かと確認しているようだ。

 だが、ガルフレッドに抱きつかれているのを見て、驚きに目を見開くか、口元に笑みを浮かべるかだった。囃し立てる人は誰もおらず、温かい眼差しを向けられる。

 それから、見なかったことにしようと全員が視線を逸らした。しかし、意識は向けられているようで、チラチラと様子を見るために視線を向けてくる人はいた。


「あの、ガルフレッド?」

「俺だって、お前を必要としてる」


 耳元で囁かれた言葉に頬を赤らめたホミカは、持っているカップを落とさないようにゆっくりとガルフレッドの背中に腕を回した。まさか、ガルフレッドにそんなことを言われるとは思わなかったのだ。

 嬉しさのあまり、同じように抱きしめ返してガルフレッドの首に顔を埋めた。


「私も、ガルフレッドが必要よ。でも、貴方はこの国の騎士。連れて行くこともできないし、私も残ることはできないの」


 目を閉じて呟くと、ガルフレッドも背中に腕を回した。苦しくない程度に力を込めて抱きしめるガルフレッドに、ホミカは言うつもりのなかった言葉を言いそうになって口を結んだ。

 しかし、その言葉をガルフレッドが口にした。


「俺は、お前が好きなんだ」

「私もよ、ガルフレッド。誰よりもあなたが好き」


 言われてしまえば、言うつもりのなかった言葉を口にすることができた。言ってしまえば、止まらなくなる。

 何度も好きだと気持ちを伝え続けた。明日には別れるのだと分かっていても、ホミカは止めることができなかった。

 いつの間にか流れていた涙で、ガルフレッドの首を濡らしてしまっていたが、彼は離すことはなくさらに力を入れて抱きしめた。

 その様子をヒューバートが黙って見ていた。何かを考えるように右手を顎に当て、1人大きく頷いて口元に笑みを浮かべた。




 翌日。ホミカはレヴェナへ来た時と同じ馬車に荷物を載せた。今回は馭者以外誰も一緒に馬車には乗らない。

 メイドや執事、騎士達に挨拶をしてからヒューバートとフィミナに頭を下げた。


「道中、気をつけてね」

「ホミカのお陰で助かった」


 右手で頭を撫でるヒューバートに微笑むと、「お世話になりました」と軽く頭を下げた。頭を上げると、ガルフレッドが近づいてくるのが見えた。

 それに気がついたヒューバートは、道を開けるように右に移動した。ガルフレッドはヒューバートとフィミナの間を通り、ホミカの前に立った。


「元気でな」

「貴方もね」


 まるで挨拶でもするように、お互いを抱きしめた。口笛を吹く騎士もいたが、声を出す人はいなかった。

 すぐに離れると、ホミカはレニーを連れて馬車に乗り込んだ。馭者が扉を閉める前に、ガルフレッドの尻尾が大きく振られているのをホミカは目にした。

 今のホミカには、それの意味が分かっていた。尻尾を振っているのは、喜んでいるからだ。ホミカも同じ気持ちだった。ガルフレッドと気持ちが同じだったことが嬉しかったのだ。

 窓から見えるガルフレッドに手を振ると、ゆっくりと馬車が動き出した。ガルフレッドの姿が見えなくなるまで、窓から手を振り続けた。

 姿が見えなくなると、レニーを膝の上に乗せた。

 離れたばかりなのに、もう寂しいと感じてしまったのだ。その気持ちを理解したのだろう。レニーは甘えるように喉を鳴らして、ホミカの手に顔をすり寄せた。

 そんなレニーを撫でながら、スエルトへと向かう馬車に揺られる。母親とネスティに沢山の土産話ができることに嬉しく思いながらも、考えるのはガルフレッドのことばかりだった。

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