19話 ベルリア




 翌朝、ホミカは部屋にやって来たガルフレッドに言われて大広間へと向かった。前を歩くガルフレッドの背中を見つめながら大広間へ向かうのはレヴェナに来た時以来だ。

 今回も大広間では、ヒューバートが待っている。ガルフレッドに何も伝えていないのか、ただ呼んでいることしかホミカは聞かされていない。しかし、昨日のことで呼ばれているのだということは理解出来ていた。

 厳かな作りの扉の前で立ち止まると、ガルフレッドは扉をノックした。そして、ゆっくりと扉を押し開く。開いた扉の先に見えた光景は、以前と然程変わりはなかった。

 白い部屋の壁側に、色とりどりな花が飾られており、花の香りが仄かに漂っている。ただし、飾られている花の種類は変わっていた。

 大広間中央にはヒューバートが豪華な椅子に座っており、補佐の男性が側に立っている。補佐の男性の正面には、ロープで縛られたアルハイトが静かに座っていた。

 周りには、アルハイト隊とガルフレッド隊が並んでいる。彼らは何も言わずに、ヒューバートの前まで歩いて行くホミカ達を見ていた。


「昨日は助かった、礼を言わせてくれ」

「いいえ、頭を上げてください」


 立ち止まったホミカ達を見て、ヒューバートは頭を下げた。国王に頭を下げられて、ホミカは慌てた。本来、どんなことがあっても国王は頭を下げてはいけない。

 それも、ホミカのような一般人でもある人に対しては尚更だ。ゆっくりと頭を上げたヒューバートは真剣な顔つきをしていた。


「それで、薬のことなんだが」

「何かありましたか?」

「症状が重い者と、軽い者の何人かに飲んでもらったところ、効果があったようだ。軽傷だった者は完治し、重症だった者は症状が回復してきているとのことだった」

「良かった。薬が効いているんですね」


 病院から報告があったのだろう。渡した薬の効果があったようで、軽傷の人は完治したという。ただし、本当に完治したのかを確認するために2日ほど入院は必要とのことだった。

 もしも作った薬に効果が無かったら、作り直さなくてはいけなくなる。そうなった場合も考えてはいたホミカだったが、作った薬だけで解決できることに安堵していた。


「それで、この薬のことを病院では『ベルリア』と呼んでいるらしいんだが……」

「薬の名前がついてしまったんですね」


 作った本人であるホミカは、薬の名前を特に考えてもいなかったのですでにそう呼ばれているのなら、その名前で構わないと返した。

 薬に自分の名前がついているよりは、『ベルリア』という姓が名づけられている方がよかった。薬を用意するたびに自分の名前を言わなければいけないのは、いい気分ではなかったのだ。

 病院に勤めている人達にとっては、1日だといってもすでに名前は定着してしまっているだろう。それならば、そのままの呼び方の方がいいだろうと判断したのだ。

 今後は、製薬所で薬を作ることになったと言うので、ホミカは採取した薬草の数を思い出した。


「日光草、月光草、ルーナの葉は少し採取してあるので、それを提供させていただきますね」

「助かるよ。いくつかは確保できたんだが、数が足りなくてね。これから他に声をかけさせてもらうつもりだ」


 貴重な薬草のため、確保しているといっても多くはないのだ。あとで、ヒューバートに日光草と月光草があった場所を話しておいた方がいいかもしれない。彼であれば、多くを採るようなこともしないだろう。採取するには知識が必要なため、薬師以外には話すことはしないだろう。満月の日にしか採取できないため、まだ先になってしまうが知らないよりはいいだろう。

 製薬所は現在停止しており、大掃除をしているという。売っていた薬も、もしものことを考えて全て処分することが決まっている。

 未使用の道具など以外は処分して大至急揃えている最中で、早くても明日には薬作りができるとのことだった。大掃除を終えたら、薬師の半数には休みを取ってもらうことになっている。交互に休憩をとり、暫くは新薬中心に薬を作ってもらう予定なのだ。解毒剤も必要になるため、解毒剤作りも新薬と同時進行する。

 その間風邪薬などは作れないため、他の国や街から輸入することになっている。それだけではなく、新しく薬師を雇うことにしたのだという。15人だけでは大変だろうということで、最低でも10人は雇うつもりなのだ。


「さて、それでは本題に入ろうか」


 そう言ってヒューバートはアルハイトに目を向けた。部屋の雰囲気が重いものに変化した。

 これからアルハイトの処罰を決めるのだろう。本来ならば、ホミカのいない場所で決めるのだろうが、今回はホミカが関わっている。だからホミカにも聞いてほしいのだろう。

 アルハイトは覚悟を決めているようで、静かに目を閉じている。暴れる様子もないため、何か話を聞いているのかもしれない。

 それとも自分がやってしまったことの重大さを理解しているから大人しく、処罰されるのを待っているのかもしれない。


「ホミカよ、アルハイトの処分は君に任せることになった」

「え……」


 その言葉に驚いたホミカはアルハイトへ視線を向けた。アルハイトは目を開き、ホミカを見ていた。その目はどんな処罰でも聞き入れる覚悟をしているのだと語っているようだった。


「それでしたら、これからも騎士として任務に励んでください」

「なっ! それだけか!?」


 驚いたのは、アルハイトだった。それでは処罰にならないと思ったのだろう。黙って聞いていたガルフレッドも、レニーも驚いてホミカを見ている。

 しかし、ホミカは元々そう考えていたのだ。ただ、製薬所に関わりさえなければ自分の仕事を全うすればいいと考えていた。それで不服ならば、別の処罰を勝手に与えてしまっても構わないとさえ思っていた。

 ヒューバートも驚いていたが、一度咳払いをしてホミカに問いかけた。


「国外追放はしないのか?」

「しません」

「何故だ」

「騎士として他の騎士達に信頼されています。それに、部隊長ということは騎士としての技術は素晴らしいものなのでしょう? それでしたら、今後薬師が助けを求めない限り関わらないのであればそれでいいのです」


 正直ホミカには、アルハイトがどれだけの技術を身に着けているのかは分からない。しかし、騎士達を見れば信頼されているということは分かる。

 国外追放した場合、騎士達のリーダーとなるのはガルフレッドだろう。ホミカはそれでも構わないのだが、騎士の中には獣人だからという理由で嫌っている人が少なからずいるはずだ。そうなると、騎士達は連携をとれなくなってしまうかもしれない。それは避けなくてはいけない。

 そう考えると、アルハイトを国外追放しない方がいいだろう。このまま騎士として国に尽くしてくれればいいのだ。


「ははっ! 関わるなと。それが、罰か」


 ホミカが言いたいことを理解したのか、ヒューバートは声高らかに笑った。そして、何処か安心しているようにも見える。

 ヒューバートもアルハイトを国外追放したくはなかったようだ。優秀だということは誰よりも分かっていたのだろう。だからこそ、今回のようなことを考えてしまったのかもしれない。


「……ホミカ、この国で働く気はないか? 製薬所を任せるぞ?」

「遠慮します。スエルトに店もありますし、私の帰りを待っている人がいるんです」

「そうか。それでは、今回の報酬なのだが……」


 薬師として優秀なホミカを手放したくなかったのだろう。今のホミカであれば、製薬所で働く薬師達の上の立場になったとしても文句を言う人はいないだろう。

 しかし、スエルトには母親やネスティ。それに常連客達などホミカの帰りを待っている人がいるのだ。だから、製薬所で働くつもりはなかった。

 それをヒューバートも分かっていたのだろう。すぐに諦めると報酬の話に入ろうとした。報酬は、ヒューバートの膝に乗せられた宝箱にでも入っているのだろうが、ホミカは別の報酬が欲しかった。


「それなのですが、こちらから提案してもよろしいでしょうか?」

「構わない」

「スエルトには、騎士寮があります。ですが、建てられてから3年未使用なんです」

「なんだと?」

「スエルトには時々魔物が出現します。それを退治することを約束して建てられたのですが、騎士が来ることはありませんでした」


 誰も知らなかったのだろう。スエルトに魔物が現れると、偶然立ち寄っていた冒険者や、街の男性が退治するのだと聞いてゆっくりと息を吐いた。

 冒険者や騎士でもない人が魔物を倒すということは危険だ。勿論、街の男性は大怪我をすることもある。


「騎士に常駐してほしいということだな」

「はい、その通りです」


 それが礼になるのか? と呟くヒューバートだったが、ホミカは何も言わずに頷いた。

 街の男性が魔物退治をして大怪我をすることがなくなるのだ。騎士は魔物退治もするし、知識もある。ホミカにとっては、街の人の安全がお金よりも嬉しい礼になるのだ。


「分かった。近々騎士を常駐させよう」

「ありがとうございます」


 頭を下げるホミカに、それとは別に報酬としてヒューバートはお金を渡そうとする。なかなか頷かないホミカに、ただ働きをさせたことになるからと椅子から立ち上がると膝に乗せていた宝箱を渡した。

 それには、十分すぎるほどの金額が入っていた。本来報酬として渡そうとしていたものなのだから仕方がないのかもしれないが、ホミカにとっては多すぎる金額に何も言えなくなった。


「私の仕事はこれで終わりました。明日にでも帰宅させていただきます」

「帰るのか?」

「もう少しゆっくりして行けばいいだろう」


 薬作りを手伝うのがいいだろうが、製薬所で働いていない薬師が手伝うのは良くない。それなら、部屋で薬を作るのがいいかもしれないが、本格的に治療をするために使われるのであれば、部屋で作った薬を使うわけにはいかない。

 人の出入りも多く、どれだけ掃除をしても埃が舞ってしまうのだ。そのような場所で作った薬は良くない。あとは、レヴェナの薬師達に任せるのがいいだろう。


「そろそろ帰らないと、心配かけちゃいますから」

「そうか。それなら、今晩は晩餐会を開こう」


 尻尾と耳を下げて悲しそうな顔をするガルフレッドを見ないように言うと、ヒューバートも少し悲しそうな顔をしたが、そう言っただけでそれ以上引き留めようとはしなかった。。

 きっと今回関わった人達を呼ぶのだろう。その時間までに渡すものや返すものは纏めてしまい、できるだけ部屋の掃除をしてしまおうと考えてガルフレッドに連れられて大広間から退室した。

 部屋までは、一言も話すことはなかった。騎士としての仕事があるのだろう。部屋の前に着くと、ガルフレッドは耳と尻尾を下げたままホミカの目を見ていたが、俯くと何も言わずに戻って行った。

 その後ろ姿に声をかけることはできなかった。

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