9話 案内




 トランクからカバンを取り出して、オイルボトルを入れるとナジャの森へと向かった。

 門番に挨拶をしてから王宮に来た時とは別のナジャの森へと続く橋を渡る。橋を渡りながら湖を覗くと、魚が泳いでいる姿が見えた。数種類の魚が優雅に泳いでおり、中には餌を欲しがっている魚もいた。

 スエルトでは見ない光景に、ガルフレッドに魚の種類を聞く。湖にいる魚の多くは観賞用で、食べることには適していないと教えられ、そこまで食い意地は張っていないと怒ると謝りながら小さく笑った。

 森へ入る前に、魔物がいるから離れるなと言われて警戒をする。壁に囲まれた国の中に魔物がいるのかと不安になるホミカだが、街にでることはあまりないと言われて安堵した。

 ククリの森と同じように、森の奥に住んでいるのだろう。


「この森はどこまで続いているの?」


 道は石畳ではなく土だ。歩きやすく整備されているとはいえ、躓いてしまわないように気をつけながら歩く。

 森に入ってすぐの場所に薬草は見当たらず、辺りを見回しながら尋ねる。


「壁までだ」


 どうやらナジャの森は広いようだ。道も途中までしかないとガルフレッドは続けた。道がない場所は危険なため、行かないでくれと言われて頷く。

 誰だって危険な場所に入って怪我はしたくないだろう。怪我をして、病の原因を突き止めるどころではないという状況にはなりたくない。

 薬草を採取しながら奥へと進む。ククリの森に生えている薬草と同じものが多く、生えていない種類を採取していく。

 道が途切れている場所まで来ると、その先は崖になっていた。落ちないように柵が設置されている。

 正面から風を受けながら、柵の下を覗く。かなりの高さがあり、降りることは不可能だろう。下には木々が茂っており、間から魔物の姿が見えた。どうやら、崖の下には魔物が生息しているようだ。


「ここの魔物は別の場所から街へは行かないの?」

「ナジャの森には今の道からしか来れないようになっている。街側は、特殊な柵で囲っているから出入りができない」


 川も流れているしなと続けるガルフレッドに、ホミカは「なるほど」と呟いた。街と森の間には湖に繋がる川があり、柵も簡単には乗り越えられないという。崖になっており、歩けるのは道がある周辺だけ。

 空を飛ぶような魔物がいれば、飛んで街に来てしまうがナジャの森に鳥の魔物はいないらしく、魔物が現れることはない。

 崖から離れて辺りを見回すと、崖周辺には木が生えておらず日光が当たっていた。


(ここなら、もしかすると……)


 今は分からないが、満月の日に来れば目当ての薬草が生えている可能性が高い。早朝と夜の2回訪れないといけない。

 黙って来ると心配されてしまうだろうから、ヒューバートに許可を貰うのがいいだろう。許可を貰えなければ、黙って外出すればいい。

 ガルフレッドに目当ての薬草を見たことがあるかと尋ねたとしても分からないだろう。薬師ではない人からすれば、雑草と変わらないだろうから。


「次は、街を案内してもらおうかな」

「もういいのか?」

「ええ。十分よ」


 いくつかの薬草も採取した。何が生えているのかも確認したため、足りなくなれば採取しに来ればいい。

 崖の下を見つめるレニーの声をかけると、「にゃー」と鳴いて返事をした。


「街で何か見たい場所とかあるか?」


 どうやらリクエストを聞いてくれるようで、歩きながら考える。何があるのかも知らないため、行きたいと思う場所がなかった。

 けれど、本屋には行ってみたかった。スエルトよりも王都にある本屋の方が品揃えはいいだろう。

 本屋に行きたいことと、昼食を街で食べたいことを伝えると大きく頷いた。よく行くカフェがお勧めだからそこに行こうと笑顔で言われた。何処の店が美味しいのか分からないホミカは頷いた。




 街を歩くと視線が集まる。獣人である騎士は、この街の人にとって見慣れているだろう。見慣れていないのはその彼と歩く人間という光景なのだろう。

 視線を受けながら、「普段は1人で歩いているんだ」と前を見たまま言う。その言葉によって納得する。獣人騎士が誰かと歩いていれば、その人物が何者なのかと気になるようだ。

 紺色のローブを着ているため、薬師だということは理解しているのだろう。しかし、見たことのない薬師。その人が誰なのか気にならないはずがない。

 本屋へ向かう間、ずっと向けられた視線に「まるで珍獣扱い」と呟いたホミカの声が聞こえたようで、ガルフレッドが小さく笑った。

 案内された本屋はスエルトにある本屋よりも大きい建物だった。まるで図書館のようなそこに、ホミカは言葉が出なかった。2階建ての本屋。本棚いっぱいに並べられた本。

 ジャンル別に本棚が分かれており、目的のものを探す。2階に上がり、漸く本を見つけたが数が少なかった。

 王都であれば多くあるのではないかと思っていたホミカは、とても残念に思ってため息を吐いた。

 気になる本を手に取って内容を読むのだが、すでに所持している本と変わらない内容のため本棚へと戻す。置かれていた本全てが似たような内容だったため、1冊も購入することはなかった。

 薬師の人数が少ないからなのか、出版されている本の種類が少ないのだ。新しく発売された本の内容を確認してみても、似たようなことしか書かれていないことが多いのだ。だからホミカは購入することはない。初めて見る本もあったため、少し期待していたのだが、購入しようとおもる内容ではなかった。

 今では、新しく発売している本よりも古いものの方が重要なことが書かれていることが多い。薬師になった頃にエミリアに貰った古い本。その本には現在も世話になっており、勝るものは他にない。

 現在は規制されていることも多くあり、本に記載できないことがあるのだ。しかも、記載されない内容が重要なことの場合もあるため古い本は薬師にとって貴重なのだ。


「どうだ。欲しい本はあったか?」

「いいえ、なかったわ。薬師って人数が少ないからなのか、本が出ても内容が似たようなものなの。少ないからこそ、情報が欲しいのだけれど……難しいみたい」


 残念がるホミカに「そうか」と短く返す。どうすることもできないのだから仕方がないだろう。ホミカが本を出せばいいのかもしれないが、すでに発売されているものと似たような内容になってしまう。本を出すとしても何十年も先の話だ。

 現在所持している本だけでも不便はしていない。ただ薬師に役立つ本が少ないことを実感して残念に思うだけだ。

 本屋から出ると、外で座って待っていたレニーが「にゃー」と鳴いた。大人しく待っていたレニーの頭を撫でると、カフェへと向かって歩く。

 一度馬車で通った道だったが、歩いて通るのは初めてなので建物を見上げる。王都の建物は全て石造りで、色は白。しかし、中には例外もあった。

 全体は見えなかったが、青い建物があった。何かの店なのかもしれないが、1つだけ色が違う理由が分からない。しかし今は少しお腹が空いていたため、カフェへ向かう足を止めたくはなかった。




 お昼時ということもあり、2人はランチメニューを注文した。大通りに面したテラス席に座り、運ばれてきたランチを食べる。

 ガルフレッドがお勧めだと言っていたように、他の人に勧めたくなるほど美味しかった。王宮の食事と比べると、少し劣ってしまうのだが。


「ねえ、青い建物があったのだけれど……あそこは何?」


 サラダを口に運びながら、カフェへ来る前に見えた建物のことを尋ねた。他の建物と違う色をしていれば気になってしまう。

 あの建物だけ色が違うことに理由があるはずと思いながら、ガルフレッドが答えてくれるのを待つ。口の中のものを飲みこむと、少し考えるようにしてから答えた。


「あそこは、製薬所だ」

「製薬所?」

「ああ。あそこには、この国専属の薬師が15人働いているんだ」


 製薬所。あの建物で薬師が薬を作っているのだ。現在も病を治すため、原因を突き止めるために薬師が頑張っているのだろう。


(行ってみたい)


 薬師として、どのように薬を作っているのか見てみたかった。しかし簡単には見せてもらえないだろう。責任者に許可を貰わなくてはいけない。だがその責任者が誰なのかホミカに分かるはずもない。


「建物の見学ってできないかな?」

「俺からは何とも言えないな。ヒューバート陛下と管理している人から許可を貰えれば見学できるだろうが……すぐは無理だろう」


 薬師ということもあり、ヒューバートからは簡単に許可はもらえるだろう。だが、問題はもう1人。その人物は、現在他の街にいる薬師に薬を作ってもらうために声をかけに出ているのだという。

 ホミカ以外にも声をかけいる薬師はいるようだが、なかなか戻ってこないことから誰も首を縦に振らないのだろうとガルフレッドは予想しているようだ。

 薬師が誰も首を縦に振らないのであれば、帰ってくるまでに10日以上はかかるらしい。その人物が帰って来るまで見学は諦めなくてはいけない。しかし、帰って来ても許可が下りるとは限らない。


「製薬所の管理者なのに、他の街にいる薬師の元へ訪ねるのね」

「ああ。管理者は騎士だからな」


 その言葉に驚いて声も出なかった。薬師ではなく、騎士が管理者なのだ。それなら責任者は薬師なのかと問いかけると、それも同一人物なのだと言う。

 ヒューバートは、薬を毎日作る薬師に管理者や責任者という別の仕事を与えたらさらに疲れるだろうと言われたのだという。それを言ったのが現在別の街に行っている騎士なのだ。

 国王であるヒューバートに意見ができて、任されるくらいなのだから立場が上の人なのだろうということが分かる。

 何者なのだろうかと考えるが、ホミカに分かるはずもない。ガルフレッドに聞けば分かるだろう。しかし、今すぐ会えるわけでもないのだから直接会えばいい。


「早めに帰ってくるといいわね」

「そうだな。そうしないと、ホミカが製薬所の見学をすることができないからな」


 まさかそんなことを言われると思っていなかったホミカは驚いた。他の薬師を連れて帰ってくれば、原因が分かるのも早いかもしれないと考えて言った言葉だったのだが、ガルフレッドは違ったようだ。

 案内すると言っていたので、製薬所へも一緒に行くつもりなのだろう。


「それじゃあ、製薬所の見学が許可されたら案内よろしくね」

「もちろんだ」


 嬉しそうに笑う。

 ランチを食べ終わり、最後にコーヒーを飲み干すと席を立つ。店員が近づいて食器を片づけた。お昼時で忙しそうにしている店員に「ごちそうさまでした」と声をかけて、テラスから道に出る。

 それから案内されて、花屋を覗いてみたり、魔法道具屋を覗いたりした。王都ということもあり、多くの魔法道具が揃っていた。その中から購入したのは、やはりオイルボトルだった。

 薬師として、薬草を採取したまま保存できる魔法がかけられたオイルボトルは必需品で、多く所持していても困るものでもない。王都へ来る途中にも薬草を採取し、ナジャの森でも採取した。

 持って来ていたオイルボトルの数もそこまで多いわけではなかったため、これからのことを考えると購入しておいた方がいいと考えたのだ。

 紙袋を抱きかかえて嬉しそうなホミカを見て、ガルフレッドの尻尾も自然に揺れた。店を出て、近くの広場で休憩をしてから王宮へと戻った。

 時刻は14時。思っていたよりも充実できたことにホミカは満足していた。

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