いちじく

柳成人(やなぎなるひと)

訃報

 テレビの情報番組が連日の猛暑や熱中症への警戒を呼び掛けていたかと思っていたら、気が変わったように曇り空が続き、木々の葉の暴力的な青さもいつのまにか影を潜め、あぁ、今年も夏は終わったんだと気づく、ちょうどそんな頃。


 一本の訃報が届いた。


 大学を卒業して社会人になってからというもの、実家に帰省するのなんて盆と正月のどっちかに帰ればいいかぐらいの頻度でしかなかった。

 帰ったとしてもいい加減地元の同級生たちも家庭を持ち始めて飲み会の誘いも少なくなっていたし、そもそもの関係性自体が疎遠になりつつあった。実家でゴロゴロ過ごすのもせいぜい一日二日で飽きが来て、二晩も泊まれば適当な理由をつけて東京に帰る、そんな繰り返し。


 実家に対してすらそんな状態だったから、父方の祖母宅……俗にいう”ばあちゃん家”に対しては、ますます足が向かなかった。最後に行ったのは大学の卒業を報告した時だったか。


「徹君、ずいぶん立派になったねぇ」


 僕を見るなり、数年ぶりに会う親戚は皆口を揃えてそう言った。


「恵ちゃんにはちょくちょく会っていたけど。向こうで大きな会社に勤めてるんだってね。今忙しい時期じゃない? 仕事休んで大丈夫だったの?」

「いえ、まぁ忙しいですけど、慶弔休暇は社内規定でちゃんと設けられてますんで。一応いつ抜けても大丈夫なように仕事も割り振ってますし」

「じゃあ、いつ帰るの?」

「明日の告別式までいて、次の日の朝には帰ろうかと」

「大変ね。次に帰った時にはたまにはおばちゃんちにも顔出して。こんな時しか会えないんじゃなんだし」


 涙ぐむ叔母の後ろには、その昔一緒に遊んだ覚えのある従姉妹の顔もあった。久しぶりに見る顔ばかりで、さながら親族の同窓会のような趣ですらあった。


「ばあちゃんの顔、見てやって」


 促されて、奥の部屋へと進む。以前は祖母のベッドと大量のタンスがあった続きの二間がすっきり綺麗に片付けられて、祭壇が据えられていた。その前の布団に祖母が寝かされ、隣には姉の恵の姿があった。

 焼香を済ませ、姉の隣に並ぶ。じっと思いつめたような顔で祖母の顔を見下ろしていた姉は、身じろぎもせずに言った。


「見てごらん。ばあちゃん、穏やかな顔してるでしょ。やっと楽になったんだね。ずっとこんな優しい顔見なかったもん」


 振り向きもせず、隣に座ったのが僕だとわかったらしい。

 真っ白く死化粧をされた祖母は、僕の記憶にある祖母とはまるっきりの別人だった。顔の骨が浮き出るほどにやせ細り、頭髪は一本残さず真っ白になっていた。姉の言葉に反して、真一文字に結ばれた唇からは、どんな表情を伺う事もできなかった。

 僕は祖母の遺体に対して何の感想を抱く事もできず、そんな自分をごまかすように姉に問い返した。


「そんなに大変だったの?」

「うん。最後の方は特に。誰が誰だかわかんなくなっちゃってたし。でも、苦しかったんだと思うよ。ばあちゃんが一番辛かったと思う。……ばあちゃん、徹が来たよ。徹だよ。ほら、ばあちゃんの顔、撫でてあげて」


 姉に促されて、僕はそっと手を伸ばし、祖母の額を撫でた。

 初めて触る祖母の額は、固まったコーキングゴムみたいに無機質な感触しかしなかった。

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