第3話
数日後、また雨が降った。空を覆う薄い雲から、霧雨みたいに弱い雨がシャワーのように降り注いだ。
傘を差しながらバス停に向かう足取りは、小学校の時に校外学習の田植えで入った田んぼの中みたいに重かった。成仏し切れないてるてるぼうず達の怨霊が笑顔でどろり、どろりと足にまとわりついてくる感じ。
悪戯に作ったり壊したりを繰り返したから、きっと私への恨みは深いだろう。この雨も彼らが降らせた涙雨に違いない。
「雨が降って欲しかったんでしょ? 降って良かったじゃん」
なんて、皮肉なビッグスマイルを浮かべるてるてるぼうず達が目に浮かぶようだ。
到着したバスの中には、予想通り碧依君の姿があった。どうリアクションしたら良いものか戸惑う私に、「よう」と彼は何食わぬ顔で片手を挙げる。
「座ったら?」
促され、隣にお尻を落とす。一体どういうつもりなんだろう。雨なのに。大好きなサッカーができなくてマジ終わってるありえねー日なのに。
「今日も雨になっちゃったな。あのてるてるぼうず、今頃になって効いたんじゃねえの?」
碧依君も考える事は同じ。私達はレベルが一緒っていう事だ。
「残念だったね。室内練習になっちゃうじゃん」
精一杯の皮肉を込めて言ったつもりが、彼からは予想外の反応が返ってきた。
「でもこのぐらいの雨なら午後には止むんじゃね? こんな感じで毎日午前中だけ降ってくれるのが一番いいよ」
「どういう事? バスで楽できるから?」
「それもあるし、こうやって毎朝七瀬と一緒に学校行けたら楽しいじゃん」
無邪気な笑顔に、私を繫いでいた紐がぷつりと切れる音を聞いた。バンジージャンプ中のてるてるぼうず達が床に落ちたのと同じように、私の心もまた、真っ逆さまに落下して行った。
どこに落ちたって、そりゃあもちろん、碧依君に決まってる。
一度は這い出したはずの恋の穴に、私は一瞬にしてはまり込んでしまった。
碧依君、しれっとした顔で思わせぶりな事言うんだもんなぁ。ズルいよ。
「あのさぁ」
「何?」
「晴れのち雨にするには、どんなてるてるぼうず作ったらいいと思う?」
「なんだよそれ。七瀬って面白れーな」
「だってそれが一番いいんでしょ?」
けらけらと笑った後、
「帰る時逆さにして、学校着いたら上向けたらいいんじゃね? そしたら朝は雨降っても、帰る時には晴れそうじゃん」
真面目な顔して言う碧依君に、なるほどいい事言うなぁと私はひどく感心する。やっぱり私達はレベルが一緒だ。
「そっか。じゃあ、また学校着いたらてるてるぼうず作らなきゃかな」
「マジ? また作んのあれ? なんも言わなかったけど先生達だいぶイラついてたっぽいじゃん」
「いいよ。怒られたらまた作り直せばいいし」
「マジかー。やっぱお前ら半端ねえな」
「碧依君には頼まないよ。私達女子でやるから」
「いや、今度は俺も手伝うよ。一緒に作ろうぜ、てるてるぼうず」
学校に着くと、早速てるてるぼうずを作った。
でも他の女子には作らせなかった。窓に吊るしたのは私が作ったやつと、碧依君が作ったやつの二つだけだ。
結局その二つも、朝に夕方にと健気にひっくり返していたのはほんの数日だけで、その後は黙って吊るされるばかり。
変わった点があるとすれば、二つのてるてるぼうずは相変わらずのニコニコ笑顔で、一つの紐に仲良くくっついてぶら下がるようになった事ぐらいだった。
天気なんか気にしなくても一緒にいられるようになった私達二人を前に、てるてるぼうずは本来の役目を終えたのだ。
「百々、あれウザいんだけどそろそろ外したら?」
「駄目だよ。記念なんだから」
「あーウザ。見せつけんなし」
「見せつけてないし。てるてるぼうずがくっついてるだけだし」
「マジいらつくわー。胴体引きちぎってキン〇マにしてやろうかな」
「やめてよー」
玲奈のクレームもなんのその、私は空の中に浮いてるみたいに風にそよぐ二つのてるてるぼうずを見上げる。役目は終えても、あの子たちの意味は消えないからね。私達の関係が続く間は、ああして見守っていてもらわないと。
この先もずっと私達二人の関係が晴れやかでありますように。
雨女、はじめました 柳成人(やなぎなるひと) @yanaginaruhito
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