第四話 めっちゃモテるロイン
証拠として持ち帰られた大量の魔狼の牙を見て、村人達は涙を流し飛び跳ねて喜んだ。すぐに宴の準備が始まって、若者達が広場に火を起こし、酒の樽を転がしてくる。
「死骸は焼いて埋めておいた。この牙は換金するといい。少しは皆の疲弊を助ける足しになるだろう」
ロインが袋に詰めたそれを差し出すと、村長(本物)はそれを震える手で受け取り、片膝をついて胸に両手を当てる最敬礼をしたまま動かなくなった。
「勇者様……なんと、なんとお礼を申し上げれば良いか」
「立ってくれ、村、長……?」
ロインが目の前の壮年の男と、白髭の老人を見比べてキョロキョロすると、老人が柔らかな笑みを浮かべて頷いた。
「そっちが村長です」
「そうか、村長。俺は人として当然のことをしただけだ。力を持つものが人を助ける。当たり前のことだろう?」
「ああ、なんと清廉で勇敢なお方だ……」
村長がとうとう咽び泣きを始め、村人達が泣き笑いの顔で「泣くなよ、村長。さあ、俺達の精一杯の宴で勇者様をもてなそう」と彼の背を叩いた。
「ああ、そうだな……勇者様、何もない村ですが、どうぞゆっくりしていってください。今、村の狩人達が鹿を狩りに言っておりますから、今夜はご馳走です。ああ、こうして狩りに出られるのも勇者様のおかげです……」
「ありがとう、しかし俺は勇者ではない。ただ少し、神に余計な力を与えられてしまっただけだ。それに魔狼を倒したのは俺だけの力じゃない。黒の魔術師ロッド、大地の乙女ライライラ、湖の聖女ルーミシュ……彼らの助力あってこそ、俺はあの魔獣の大群に打ち勝つことができたのだ」
ロインがそう言うと、村人達は「素晴らしい……」と口々に言いながら仲間達を憧れの瞳で見つめた。ロッドが「……僕にそんな賞賛は不要だ」と言いながらフードを目深に下ろし、人見知りのルーミシュはロインの後ろにそっと隠れ、変な二つ名と本名を紹介されてしまったライラは真っ赤になってロインを睨んだ。
「して、勇者様の肩書きはないのですか?」
村長っぽい髭の老人が訪ねた。ロッドが興味深げにロインを見る。
「俺の力は、神に与えられたもの……努力して勝ち取ったわけじゃないんだ。今まで通り、ただのロインさ」
「『花畑のロイン』でいいだろ、アタマお花畑なんだから」
ライラが言う。するとロインは「ふっ……」と少し憂いを帯びた笑顔になった。うぜぇ。
「俺に綺麗な花は似合わないさ。お前達が思ってるより、ずっと汚れた人間だよ、ローイエンという男はな……」
ライラはドン引きした。するとロッドが口の端だけでにやりとして「そんな君だから、僕と気が合うのかもね……」と言う。ライラはそれにも引いた。どうしよう、アホすぎる。
「でも僕は、闇を抱えながらも光の中を歩き続ける君が、時々少しだけ羨ましくなるよ……僕は望んで、この暗がりの中にいるっていうのにね」
「お前達がいるから、俺は踏みとどまっていられるんだよ。皆がいなければ、きっとこの戦いは切り抜けられなかった。ありがとう」
アホすぎる会話を、村人達が圧倒された様子で「深い……」「生きる世界が違う……」と囁き合いながら見ている。ライラは恥ずかしさで叫び出す前に、心を閉ざして何も考えないようにした。
「……あたしは何の役にも立ってないし」
そして思考を止めたせいでぽろっと、そんな言葉が出てしまった。ロッドが振り返ってきょとんとする。
「いや……村まで皆を安全に走らせたのはライラだよ。ライラがいなければ柵は跳べなかったし、入り口まで回り込んで魔獣と遭遇していたら、少なくとも馬達は死なせていたと思う」
「……ロッド」
ライラが少しだけ感動していると、ロインが芝居がかっていない素の顔になって首を傾げた。
「もしかして、矢が弾かれたことを言っているのか? それは普通の弓矢なんだからそうなるだろう。自分でも魔獣を倒したいなら、君は街で魔導式の機械弓を買うべきだな。加速された鉄の矢じゃないとあいつらの毛皮は通さないぞ」
「……そうなの?」
「三人がかりで引くようなよっぽどの強弓でない限り、手で引く弓では無理だな」
「……へぇ」
ライラはそれだけ返すと、安堵で綻びそうになる口元を引き締めながらそっぽを向いた。この幼馴染達はいつだって間抜けな言動ばかりしているが、それぞれ卓越した能力を持っていて教養もある。一緒にいるとライラはいつも少しだけ、無力感に苛まれてしまう。
けれどその度に、この仲間達はこうして無意識のうちにライラを元気づけてくれるし、実際に彼女の能力を引き出してくれるのだ。だからライラは「仲間より劣っている自分」を目の当たりにしても腐らないでいられるし、足手まといにもならないでいられる。ちょっとばかし頭の中がお花畑でもライラが彼らと離れようとしないのは、そんな彼らの気質を愛し、尊敬しているからでもあった。
「……ありがとな、ロッド、ロイン」
少し照れ笑いになりながら二人を見上げると、ロッドが何かとても慌てふためいたような感じで「あ、かっ、かわ……えっ、かっ」と支離滅裂な言葉を呟いて彼女に背を向け、ロインはなぜか少し困った顔になると「……すまない、ライライラ。俺にはルーミシュがいるから……」と言った。
「は?」真顔に戻るライラ。
「君の気持ちには……応えられない。それでも今まで通り友達でいて欲しいと願うのは、残酷だろうか……」
「は? あたしの気持ち?」
ライラの声がズンと三段階ほど低くなり、それに動揺したのかロッドが真っ青になってライラとロインを交互に見つめた。
「そっ……そんな」
「おい、何浮かれた勘違いしてんだ……またぶん殴られてぇのか?」
ライラが拳を震わせながら睨み上げると、ロインは「……そういうことにしてくれるんだな。ありがとう、ライライラ」と少し切なそうな笑顔になって言った。
「……ふざけんな! おい、ツラ貸せロイン! その思い込みだけは放っておけねえ、わかるまでボコボコにしてやる」
「ライラ、ロインを叩いてはだめ!」
ルーミシュに羽交い締めにされ、ライラは怒り狂っていた気持ちを少しだけ落ち着けた。それを確認して腕を解いたルーミシュが、おろおろしているロッドに向かって「大丈夫……ライラは、本当にロインを好きではない」と声をかけてやっている。
「ほ、ほんとに?」
「本当。そういう意味では全く、毛ほども、興味がない。ロインを大好きなのは私で、ライラじゃない」
「よ、よかった……」
ロッドが胸を撫で下ろし、その様子を見ていたライラは「こいつ、もしかしてあたしのことが好きなのか?」と一瞬考えたが、目が合った彼がビクッとして視線を逸らしたのを見て「いや、ねぇな」と思った。
◇
宴が始まって酒が入ると、村人達は浮かれに浮かれた。
獲りたて焼きたての鹿肉を除けば、並ぶ食事はとても豪華とは言えない。彼らが魔獣に怯えながら村の端でどうにか育てていた芋や豆、小さくて酸っぱい柑橘くらいのもので、並ぶ皿の上は全体的に茶色っぽい。それでも味付けが上手いのか、彼らの喜びがスパイスになっているのか、ライラが今までに食べたどんなものよりも上等なご馳走に思えてくるのが不思議だ。
次々に渡される肉を頬張って、脂でじっとりしてきた口を、ルーミシュが魔法で冷やした柑橘水でキリリとさせる。甘味は少ないがスッキリして美味い。
ロイン達は酒を飲んでいたが、ライラはルェン族の掟に従って果実水を飲んでいた。ルェンでは、十八になるまでヤギの乳で割ったコケモモ酒しか飲んではならないのだ。この村の酒は、柵の外にある畑の麦で作られた発泡酒。しゅわしゅわしていてちょっと興味は湧いたが、我慢しなければならない。
ちぇ、と少し唇を尖らせながら、ロインの周りにできている人だかりを眺める。キラキラした目で「剣を教わりたい」とか「強さの秘訣はなんだろう」とか言っている男の子達がたくさんいたが、彼らはちっともロインのところまで辿り着けていない。とっておきのワンピースを着て、頭に花を飾った娘達にすっかり押し退けられてしまっている。
「勇者様、村には何日いらっしゃるの?」
「ゆっくりしていかれてくださいね、明後日には商人も来るそうですから、もっとちゃんとしたご馳走を召し上がっていって」
「それで勇者様、今夜はうちにお泊まりになってください。うち、部屋が余ってますから」
「あ、ずるい! うちにも部屋ありますよ! うちの方が広いです!」
「だ、だめ……! ロインは、ロインは私の……!」
ルーミシュが半泣きになって娘達を追い払おうとしているが、彼女らは「あら、私達は村を救ってくださった勇者様を歓迎しているだけですよ。ねえ?」とさざめき笑うばかりでちっとも引こうとしない。
「だめ……」
ルーミシュが声を震わせて立ち竦む。綺麗な緑の瞳が本格的に潤んでいるのに気づいた娘達が、ちょっと気まずそうになってロインにベタベタ触っていた腕を引っ込めた、その時だ。
「ルーミシュ、どうした?」
ロインがさっと片腕を伸ばしてルーミシュを抱き寄せ、手を取ってその甲に唇を寄せる。
「君が悲しんでいると俺も悲しい。どうしたら笑顔にしてやれる?」
「ロイン……」
ルーミシュが陶然となって頬を染め、娘達がキャーっと黄色い声を上げて飛び跳ねた。ライラはそれをずっと白い目で見ていた。
「私、ロインを取られたくない……」
「誰にも取られたりしないさ。ルーミシュ以外にはな」
「ロイン……!」
「とっとと結婚すりゃいいのに」
ライラがぼそっと言うと、いつの間にか隣に来ていたロッドが豆のスープを飲み下しながらこくんと頷いた。
「それは、僕もそう思う」
「なんでしないの?」
「ロインのご両親が反対しているそうだよ。『妻を娶るにはちょっとアレすぎる。もう少し経験を積ませてからでないとルーミシュに苦労をかける』って」
「あぁ……」
深く納得して、ライラは頷いた。
向こうではロインが娘達を見回して「すまないな……俺は、俺のルーミシュが悲しむような真似はできない」とすまなそうな笑顔で言っている。娘達はぽーっとした顔で頷くと大人しく一歩下がり、その隙に今度は男達が「どうしたらそんなに強くなれるんですか!?」とか言いながら群がった。
「……ロインのあれは、ちょっとばかし経験を積んだからって治るようなもんでもない気がするけどな」
「治さなくていいさ。人に迷惑はかけてないし、彼のあの明るさに救われる人は大勢いる。何よりルーミシュは、そのままの純真なロインが好きなんだしね」
「あたしには迷惑かかってるけどな」
「ふふ、そうだね。ライラだけには」
酒のせいか、いつもよりくつろいだ顔でロッドが笑った。こうして二人で話しているとまともな男なのに、なぜロインと一緒にしておくと突然闇がどうとか言い始めるのだろうか。
「なあ、ロッドはルーミシュを好きになったりしないのか? あれだけの美少女で、幼馴染だろ?」
「ルーミシュを?」
ロッドが不思議そうに瞬く。
「いや、僕は別に……まあ確かに可愛いけど、見た目の好みの話なら、僕はライラの方がずっと心惹かれるな。小麦色の肌に夕陽色の髪、意志の強い瞳。しなやかで、華やかで、夏の夕暮れ時のような……」
「は?」
「ん?」
ロッドがライラを振り返って首を傾げた。顔が赤らんで、目が虚ろになってきている。ライラは試しに片手を出してロッドの肩を小突いてみた。ぐらっとよろめいて転びそうになっている。
「おい、水飲めロッド」
「え?」
「それ以上酒を飲むな。あと、座って休め」
それから、今にも酔い潰れそうなロッドを木陰で休ませ、少し疲れてきたライラは水と飼い葉桶を持って馬達の世話をしに行った。手伝いますと追ってくる村人達の申し出を断り、皆から見えない場所まで来たことを確認すると、ライラは熱をもった頬を濡らした手でそっと冷やした。
(次回:『恋人を拐われたロイン』)
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