第六話 盗賊を一網打尽にしたロイン



 道は険しく、慣れた者でなければかなり危険な場所も多かったが、馬達はものともせずに悠々と走った。ロッドは何度か転げ落ちそうになったが、必死にしがみついてどうにかついてきている。


「も、もう少しです。それであの、ほんとに、俺がお頭達に殺されないよう守ってくださるんですよね?」

「ああ、俺がいる間はそうするし、騎士団にもそう申し伝えておく」


 ロインが淡々と言う。盗賊の男が「ええ!? 俺も騎士に突き出すつもりなんですかい?」と叫んだ。


「当然だ」

「そんなぁ……俺は見逃してくれるって約束してくださいよ、でないと」


 ロインが黙って手綱から片手を離すと剣に手を掛け、男が「ヒッ……!」と息を呑んだ。


「い、嫌だなあ……冗談ですって」

「お前がもう一度俺に冗談を言ったら――」

「言いません!」


 一見獣道のように見えて、よく見ると大きな枝は刃物で払った跡がある小道を突き進む。急斜面を上り、浅い川をざぶざぶと渡り、そして密集した木々の陰に隠されるようにして、木製の建物が見えてきた。丸太を組んで作ってあるが、ちょっとした邸宅と言えるくらいの大きさがある。


 と、梢の隙間にきらりと光るものを見つけて、ライラは反射的に弓を引き絞った。盗賊の男が「おいおい、待ってくだせぇ! おーい! 俺だ!」と叫ぶ。


「捕虜になった時点で、お前ごとるってのは決まってんだよ!」


 分厚い葉の重なりの向こうから声が聞こえる。ライラは目を凝らし、走る馬の上でできる限り体を倒して梢を下から覗き込むと、見張りの男の腕を狙って矢を放った。


「うわっ!」


 矢は深々と突き刺さり、男は物見やぐらの壁の向こうに引っ込んだ。すぐに「敵襲!」と叫び声が上がり、ガンガンと鐘……というより、鍋か何かを叩いているような音が響き始める。


 建物の中から、男達がぞろぞろと現れた。十数人、ルーミシュの姿はない。


「……この月光剣ロナエルフェンの餌食になりたくなければ、今すぐルーミシュを返せ」


 腰に帯びた剣の柄に手を掛けて、ロインが言った。大声を出している様子はないのに、なぜかざわつく木立の隅々まで響き渡る。


「へえ、なかなか上物そうな剣だな」


 男の一人が言った。別の一人が「黒マントは魔術師だ、気をつけろ」と言っている。ルーミシュを攫っていった男の内の一人だ。


「眠らせるか?」とロッド。

「いや、いい」とロイン。

「いやいや、早く眠らせちまえよ!」とライラ。


「もう一度あれをやれば、ロッドは倒れるぞ」


 ロインが静かに言った。ライラが「えっ?」と振り返ると、確かに馬から降りて魔導書を開いているロッドの顔色が悪い。


「おい、大丈夫かよ」

「魔力は多い方だけど、ルーミシュと違って僕は純粋な人間だからね……」


 冷や汗を流しながらロッドが苦笑いした。


「でも、もう一度くらいなら大丈夫だよ」

「必要ない」


 ロインが言って、すうっと鞘から剣を抜いた。現れた剣身が、薄暗い木立の中で満月のように青白く光っている。


「え、なんで光ってんの?」

「月光剣だからだ」


 端的にロインが言った。ライラは全く意味がわからなかった。


「いや、さっきまでそんなんじゃなかっただろ……」

「愛する者を守る時にこそ、このロナエルフェンは真の姿を現す」

「それ絶対今考えただろ……」


 ライラは呆れたが、次の瞬間、ロインが軽くブンと振った剣から淡い月光色の光が飛んで、周囲を囲んでいる盗賊達が端から「うわぁっ!」とか「な、なんだ!?」とか叫びながらバタバタ倒れたので、彼女は目をまん丸くして絶句した。


「え、今のなんだ……?」

「降り注ぐ月の加護、ロナ・イルトルヴァ」

「は?」

「神々の目たる月の加護が剣に宿り、彼らを打ち倒したのだ」

「あ、もしかしてそれ技の名前?」

「うん」


 こくんと頷いたロインがずんずんと進んでゆく後に続く。何がどうなったのかわからないが、盗賊達は白目を剥いて失神しているようだ。


「……何なんだ? あの技」


 建物の中に入るとまたしても盗賊達が襲ってきたが、ロインがさっと剣を振るだけで道が開ける。やることのなかったライラはロッドに小声で尋ねた。


「魔法だろうね」とロッドが言う。

「何の魔法?」

「さあ……魔法っていうのはさ、こう、妖精に近いくらい特別想像力の豊かな人しか使えなくて……考えたことがそのまま現実になるような、ちょっと反則的な部分があるから」

「つまり、完全に思い込みであれをやらかしてるってことか?」

「……想像力だよ、想像力」


 そう言っている間にロインは次々と扉を開けて回り、そしてついにルーミシュを見つけ出した。見張りの男を一睨みした視線だけで昏倒させ、椅子に縛られて結構激しめに泣いているルーミシュの縄を解いてやる。


「ルーミシュ……!」


 泣いてはいるが無傷そうな彼女を見て、ライラも安堵で涙が出た。駆け寄って抱きしめたかったが、ルーミシュはすでにロインにしっかり抱き抱えられていたので、隣で髪を撫でてやるだけにとどめる。


「何も、されていないか?」


 ロインが尋ねると、ルーミシュは「縛られた……!」と泣いた。それだけで良かったとライラは胸を撫で下ろしたが、ルーミシュは少し赤くなった腕を見せてこの世の終わりのような顔をしている。


「ああ、かわいそうに……怖かったろう。もう大丈夫だ」

「二度と離さないで……」

「ああ、離さない。決して」


 そしてルーミシュはひとしきりロインの胸に顔を埋めて泣くと、彼の手を取って目を閉じた。淡い水色の光がこぼれ、目を背けたくなるような酷い火傷が跡形もなく消える。


「おい、火傷してたなら言えよ」


 ライラが驚いて言うと、ロインは「いや、これは戒めのために……」とぼそぼそ言った。


「戒めだろうが何だろうが、応急処置は必要だったろ」

「……すまない」


 ロインが肩をすぼめて、ふと視線を上げると右手の指をパチンと鳴らした。こっそり逃げようとしていた男が二人、意識を失って崩れ落ちる。


「お前、人を気絶させる魔法のバリエーション多いな……何でもいいのかよ」

「え?」

「いや、何でもない」


 下手に突っ込んでロインに現実を自覚させたら、彼は魔法が使えなくなるかもしれない。少なくともこの状況がひと段落するまでは黙っておこうと、ライラは首を振った。ロッドが小さな声で「それがいいと思う」と言う。



――こうしてロインは盗賊団を一網打尽にし、恋人を取り戻したのだった。





 それから、気絶している盗賊達を念のため縛り上げているうちに、目的地であるセ=オの街の騎士団が到着した。彼らの話す言葉をライラは理解できなかったが、安心したのか真っ青な顔で座り込んでしまったロッドによると、街での被害も大きかったやっかいな盗賊団をたった三人で壊滅状態に追い込んだことをとても驚いているそうだ。


「街までは彼らが護衛についてくれて、向こうに着いたら騎士団から感謝状と、報奨金が貰えるんだって。でも、お金はロインが断ってる」

「え、何でだよ。路銀はあるに越したことないだろ」

「『俺は苦しむ市民のために行動したわけじゃない。愛する人を救いたかった……ただそれだけだから』だって。凄いなあロイン……ナ語は発音が難しいのに、僕の先生よりもずっと流暢だよ」

「あ、そ」


 ライラは呆れて指先で眉間を揉んだが、結局ロインの無欲さに感動した騎士団長が報奨金を倍額にすると言い出し、あまりの熱意にロインも押し切られて、彼は大金を手にすることになったのだった。


 ロインはしばらく困った顔をしていたが、突然何か思いついたのか明るい顔になって「では、その半額は街の孤児院へ寄付してくれ」と言う。長い髭をきっちり編んで腰に金の帯を巻いた騎士団長が、ぱあっと神の使いでも見たような顔になって、馬鹿でかい声で「イ・ラ・アズラーウン……!」と言っている。


「私は感激しました、だって」

「あ、そ」


 ライラはため息をついて立ち上がり、ロインに向かって「おい、早く出るぞ。いつまでルーミシュを怖い目に遭わされた場所に居させるつもりだ?」と言った。


 ロインがハッと顔を青くして、騎士団長に向かって何か言う。騎士達が途端にビシッとした顔つきになって、倒れた盗賊達が運び出され始めた。


「行くぞロッド、ライライラ」

「ライラって呼べ」


 森に放っていた馬達を口笛で呼び戻す。近くの池で少し水を飲ませてからイーリの背に乗ると、ようやく日常を取り戻したのだという感じがした。


 ルーミシュを真ん中に囲うようにして、日が暮れる前に次の街を目指す。ロインが流暢に、ロッドが少し辿々しく騎士達と話すのを聞きながら、ライラはエルフ混じりの少女に馬を寄せた。


「……ほんとに、縛られた以外なんもされてないか?」


 小声で問う。ルーミシュはうんと頷いた。


「不躾に、頬に触れようとする人がいたけれど……私に触れるなと、そう言ったから」

「……え、それで大丈夫だったのか? 逆に怒らせそうだが」

「心が落ち着いている時であれば、魔力も持たないただの人間に言うことを聞かせるくらい、私にもできる」

「そ、そっか」

「拐われた時は、魔法が使えなかった。驚いて、何も考えられなかったから」

「うん、怖かったな」


 今日はライラと一緒に寝る、と呟くルーミシュに了承の言葉を返してから、ライラは馬を元の距離に戻して今の会話を思い返し、パチパチと瞬きした。


 どうやら、大人しい癒し手だとばかり思っていたルーミシュも、ちょっとばかし背筋が冷えるような魔法が使えるようだ。流石妖精混じり……と思いつつ、ライラは特別な力なんて何も持っていない、少し乗馬と弓矢が得意なだけの、遊牧の民ルェンの娘としてはごく普通な自分のことを思って微妙な気持ちになる。


 と、少しだけ鬱屈とした気分になりかけたその時、後ろを歩いているロッドが騎士に向かって「えっ、ほんとに居るんですか、邪竜……!」と思わず母国語で声を上げたのを聞きつけて、彼女は本日一番の大きなため息をつきながら振り返った。






(次回:『邪竜を倒したロイン 前編』)

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