おなら 続きの続き
「おならならまだ我慢出来るの。だけどね、それを我慢することによってガスが逆流するようにして、今度はおなかがグルグル鳴り出すの。いや、グルグルならまだ可愛いものよ。ガス溜りが本当に酷い時は、もうおならとほとんど変わらないような不細工な音が出るの。ガスがおなかで騒ぎ出すのよ。早く出してくれ、ってね。そしてそれは、あたしには抑制する力がない。どうしようもないの」
もう一度僕は、彼女の華奢なくびれに目をやった。ここから果たして、彼女を悩ます不協和音が発生するのか。閑散とした湖からネッシーが現れるのを辛抱強く待つオカルトマニアのような気持ちを抱いた。まるで想像できなかった。
「一番の憂鬱は、仕事が終わった夜の電車。乗り合わせる多くのサラリーマンは、静かに眠ったり、ぼーっとしたり、目を虚ろにしながら携帯を触ったり、とにかくその空間の音は、車輪の響きだけなの。そこで若くて可愛いアイドルが、おならのような音を出してみなさいよ。目瞑っていたスーツの楕円ハゲは、目を丸くしてあたしを二度見するの。それが本当におならなのか、おなかの音なのか、多分周りの人には分からない。音を出してる本人にしか分かりえないこと。だけど時々、奇怪な目を向けられると、あたしまで今出た音が本当はおならの方だったんじゃないかって思ってしまうの。そのくらい、おならとおなかの音は区別がつかない。まあ当然よね。どちらも原因がガスなんだから」
峰子はコカインを吸い終えて、ミネラルウォーターを喉に流し込むと、今度は「わかば」を手に取った。茶色の煙草を一本咥えると、黄色の鳥が描かれたマッチ箱を用意する。マッチで火を起こすのも、彼女なりのこだわりのひとつなのだ。側薬から赤燐が剥がれて、猫の引っ掻き傷のようになっている。彼女は、慣れた手つきで着火させた。
「もちろん、本当におならが出ちゃうこともある。でもやっぱり、おなかのガスが溢れてしまうことが多いの。音だけだから臭いはないし、無害なはずなのに、<周りの人は今、あたしがおならをしたと思っている>って勝手に思い込んで、気にしちゃう。そしてその場で恥ずかしくなっちゃう。すると今度は、<周りの人は今、あたしがおならをして恥ずかしがっていると感じている>ように思われて、また決まりが悪くなるの。そうやって既成事実に脅かされて、悪循環に陥ってしまって。どうしようってひどく悩んでいたの」
一気に喋ったところで、彼女は大きく「わかば」を吸った。雲のような煙を吐き出して、
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