架空戦記(仮)

宵月醍醐

架空戦記(仮)

 晴れ渡った空に喇叭ラッパの音が響いた。

 その音を合図としてマストにZ旗が掲げられた。

 この黄・黒・赤・青の4色で構成された旗は本来、「引き船が欲しい」、「投網中である」の意を示す信号であるが、大日本帝国海軍では、かの東郷元帥が日本海海戦で『皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ』と掲げて以来重要な意味を持つ旗となった。

 つまり、今回の戦はあの戦いに匹敵する決戦ということである。

 この旗が掲げられたのに気がついた将兵たちは、士気が上がり、先程よりも動きが素早くなっていた。

 こうしている間にも空母の甲板には続々と艦載機が並べられ、※1暖気運転も始まり、出撃準備が整いつつあった。

 そうした光景を見張り台から見下ろしていた水兵の一人が、『発艦準備ヨシ』の合図に気づき、見張り台からそのまま艦橋内へ入り、長谷川艦長に報告した。

 そのまま長谷川艦長は艦橋の奥にいた将彦に報告をした。


「長官、本艦の発艦準備整いました。ご命令があらば、いつでも発艦可能です」


 飛鳥将彦あすかまさひこ第一航空艦隊司令長官は、長谷川艦長の報告を聞き、緊張が高まった。その緊張を隠すかのように、重々しく頷いた俺は、隣に佇む草鹿参謀長に他艦の様子を尋ねた。


「は、他の艦も発艦準備ヨシとの報告が届いております。あとは、飛鳥長官のご命令を待つのみです」


 草鹿参謀長の報告を聞いた俺は、一歩前へ進み、草鹿参謀長ら司令部の面々、長谷川艦長ら艦の要員の顔を見渡し、告げた。


「各艦、取り舵いっぱい。発艦可能な速度になり次第、発艦を開始。皇国ノ興廃コノ一戦ニアリ、各員一層奮励努力セヨ!」


 俺の命令が即座に、発行信号、信号旗によって伝えられ、どの艦も騒がしくなった。

 旗艦『赤城』でも、長谷川艦長が次々と命令を下していく。


「航海長、取り舵いっぱい、最大戦速!」

「取り舵いっぱーい、最大戦速ヨーソロー!」



「敵機が来ないか、ちゃんと見てろよ!」

「は、対空見張りを厳となせ! 貴様ら、目ん玉しっかり開けて見張れ!」

「了解!」


 見張り台へは、副長が命令を下し、命令を受けた下士官が兵隊を怒鳴りながら動いている。


「空母が一番狙われやすいときだ! 対潜警戒怠るなぁ!」


 駆逐艦では、潜水艦を警戒し、どの艦も聞き耳をたてていた。


 ようやく舵が効き始めたのか、ようやく空母が左に曲がり出し、風上の方向へ動いた。


「よし、舵もどーせー」

「舵もどーせー、ヨーソロー!」


 これで、母艦の発艦準備は整った。

 その頃甲板では、飛行隊長の訓示が終わり搭乗員がそれぞれの機体に乗り始めていた。


「暖気運転もこんぐれぇでちょうど良か、※2チョークはずせ!」


 機体を止めていたチョークも外され、先頭の機から飛び立とうとしていた。


「手空き総員、帽振れ!」


 長谷川艦長が伝声管でそう指示をだし、スポーンに居る砲員や一仕事終えた整備員らが並び、帽子を振りかざし攻撃隊を見送っていく。


「頑張ってこいよ!」


「わしらの分も頼むで!」


「アメ公に、一発痛いの喰らわせてやれ!」


 将彦たちも艦橋を出て、見張り台のところで帽子を振り、攻撃隊を見送っていた。


「海鷲たちがゆく……」


 将彦は、そう呟いたが歓声と発動機の騒音に掻き消されていった。


※1 暖機運転は、停止時に偏っている潤滑油を動作部分にいきわたらせたり、金属の熱膨張を低負荷で行っておくことで部品の寸法をフル稼働時に近づけておくために行われる。これをやらずにいきなり停止状態から全力運転を行うと、摩擦により部品が摩耗したり機材が急過熱と高速稼働によって損傷し故障や出力不安定の要因となってしまう。


※2 車輪止めのこと

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架空戦記(仮) 宵月醍醐 @sendaigo

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