ガスだまりの地球に住む原始人たち

ちびまるフォイ

火の取り扱いに注意してください

「……なんかガス臭いな」


男はそう思いながらも気のせいだと自分を納得させ、

寒空の下でそっと煙草に火をつけた。


その瞬間、男は火だるまとなって燃え落ちた。


火は地面の穴から吹き出すガスに引火し、

1週間経っても火柱をずっとあげつづけている。


「ガス漏れの通報がありました! 現場はどこですか!?」


ガス管が破裂したと近所の通報を受けた作業員がやってきたが、

様子を見ても首をかしげるばかり。


「これガス管の破裂じゃないですよ。そもそもここにガス管通ってません」


「だったらなんで燃え続けてるんだ!」


「天然ガスがここから吹き出しているとしか……」


ガスの吹き出し現象はそこかしこで報告されるようになった。

公園で、トイレで、グラウンドなどなど。

地面から「シューシュー」とガスが吹き出す音が聞こえる。


面白半分で吹き出し元に火をつけたら一面が火の海になってしまう。


『今、この世界で謎のガス漏れが発生しています!

 みなさんけして火気を扱わないでください!!』


地面から吹き出すガスが充満してくると、家でも外でも火を扱えなくなった。

抜身の火をつけることはテロとみなされて即逮捕になる。


ガスは空気より重く、最初は足元から徐々に充満していったが

火を使わなくなったので貯まる一方。


いつしかガスは地球全体をすっぽりと覆ってしまった。

宇宙ステーションにいる飛行士によると、地球がガスで何も見えないという。


「うちはIHにしておいてよかったわ。ガスコンロはもう使えないもの」


ガスは家の中にも充満しているのでガスコンロは禁止。

主婦は勝ち誇ってIHヒーターのスイッチを入れた。


ばちばちっ。


「ん? 何の音かしら」


主婦はそれが最後の言葉となった。

抜けかかったコンセントとホコリで散った火花がガスに引火した。


すでに世界中に充満しているガスに連鎖していって、

人類の半分近くを失う大爆発が一般家庭の主婦により引き起こされた。


あらゆる建築物は爆散し、書物は燃え尽き、森林は大火事になった。


『みなさん、もう電気を使うのをやめましょう!! 危険すぎます!!』


火を失った人類は次に電気を失った。

すべての明かりは太陽と月に頼るようになり、都市は真っ暗闇に包まれた。


それでもガスの噴出は止まらない。


ガスは地面からまだ吹き出し続けて地球を覆い始めた。

ただでさえ明かりがないのに、ガスで視界は黄色い霧で包まれるように視界が悪くなる。


「もうこんな星いやだ!! 宇宙に行ってやる!!」


「無理言うな! シャトルを飛ばすため着火したらどうなる!?」


これまで以上にガスが溜まりきった現在ではもはやどこにも逃げ道はなかった。

かつて主婦が起こした大爆発事故から月日が経ったことで、溜まり直したガスはすでに以前よりもはるかに高濃度。


1m先も見えなくなるほど濃いガスに包まれた現在で火をつければ、

今度は生物が死ぬどころか星そのものが爆発して消えてしまう。


そんな様子を宇宙ステーションにいる人間たちは俯瞰してみていた。


「見ろ、もうガスで地球の輪郭が見えない……」


ガラス越しに見えるはずの地球はもはやただの黄色いもやの塊でしかなかった。


「地球にいる両親はどうしているか……」


「きっと火も電気も使えない原始の生活で困っているだろうな。

 医療も止まっているにちがいない。なんとかできないものか」


宇宙飛行士たちは知恵を絞ってひとつの作戦へと打って出た。


「ダイソン計画開始だ!!」


その作戦とは宇宙と地球に長いホースを繋げてガスを吸い出すというものだった。

一度、宇宙ステーションの壁が抜けて空気が全部吸い出されそうになった経験が生きることとなった。


ホースは特殊な加工にし、地球を覆っているガスだけを吸い出すようにした。

いくら吸い出しても空気がなくなって死なないようにした。


試しに宇宙ステーション側で実証実験が行われた。


「ホースの先を宇宙に放り出しておいたぞ!」


「よし、それじゃガスを出すよ」


地球を包むガスと同じものを発生させた。

ホースを通してガスが宇宙へと吸い出されていく。


ガスはあっという間になくなって、残ったのはクリーンな空気だけだった。


「やった! 実験成功だ!! これなら地球を救えるぞ!!」


「本番開始だ!」


今度は地球用に準備したバカでかく極太のホースの先を宇宙の外へと放り出した。

あとはホースの根本を地球の方に繋ぐだけだ。


さっそく地球に通信を試みる。


「地球、聞こえますか? こちら宇宙ステーション。

 地球にホースをつなげるから協力してほしい。もしもし? もしもーーし」


通信にはまるで応答がなかった。


「ダメだ、応答しない。電気も使えないから、誰も通信塔にいないんだ」


「それじゃどうするんだ? ホースの先を宇宙に出しても、地球に繋がなくちゃ意味ないだろう」


「我々で行くしかない。私達で地球を救うんだ!!」


「リーダー……!!」


万が一のために用意されていた脱出ポッドの後ろにホースの根本をつなげる。

脱出ポッドが地球に降下し、ホースの根本を地球のガス層へつなげばいい。


「それじゃ行ってくる! みんな、あとは頼んだ!!」


ホースの根本を引っ張った脱出ポッドは地球へと向かった。

世界を救えるのは自分たちしかいない。


目前に地球のガス層が迫ってくる。


「もう少しだ!! 世界中のみんな待っててくれ!」


宇宙飛行士の脱出ポッドは大気圏内に入った。



その瞬間、脱出ポッド表面に発生した火が地球のガスに引火した。


のちに第2ビックバンと呼ばれる宇宙創生の瞬間となった。

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