第21話 朝を忘れた町

 遠く地平線の彼方に見える、空に溶ける薄明かり。今までは何とも思わなかったそれが、ひどく俺の心を逆撫でる。

 あれは町の明かりとは違う。人の作り出した光ではない……そのはずだ。

 明けない夜に、同じ夜を何度も繰り返しているような錯覚を感じ吐き気がする。


「明けない、夜? 夜は、明けるものなのか? 明けたらどうなる?」


 自分の思考に突っ掛かりを覚えた。

 知らないことを知っている。いや、知っていることを忘れているのか?


 ポケットの中にいつの間にか入っていたメモ。あれを見た瞬間、今まで正常に回っていたはずの歯車が急にかみ合わなくなり、外れる音がした。


『おはよー☆ おきて♪』


 メモに記されたその文字を見る度に正体不明の焦燥感に苛まれ、俺は頭を掻き毟った。


「『おはよー☆ おきて♪』って……『おはよー☆ おきて♪』ってなんなんだ……なぁ、アンタ知ってるか?」


 町行く人に尋ねて回る。

 誰でもいい。俺の脳髄をかき混ぜるこの言葉の意味を知っていたら教えてくれ。俺を早く楽にしてくれ。


「な、なぁアンタ……」


「何だねキミは。邪魔だからどきたまえ」


「頼む、教えてくれ……」


「いやーっ! 痴漢よ!」


「『おはよー☆ おきて♪』……『おはよー☆ おきて♪』!!」


「うわーんっ!」


「ちょっと止めて! 子どもが泣くじゃない!」


 誰も……誰も俺を相手にしない。

 なんで、なんでみんな疑問に思わないんだ。


「お巡りさん、この人です!」


「そこのキミ、ご同行願えるかね?」


「な、なんだよ、放せっ! くそっ! 俺は知りたいだけなんだ!」


 俺を変質者を扱うように取り押さえる警官たち。

 こぼれ落ちた歯車は、俺自身だったとでも言うのか。


「『おはよー☆ おきて♪』って! 『おはよー☆ おきて♪』ってなんなんだよぉおおおおっ!!!!」




「あーぁ、あの人もやっぱりダメだったかぁ。見込みあると思ったのになぁ」


 その様子を、少し離れたところから眺める2つの人影があった。


「何が悪かったのかなぁ?」


 チュッパチュプスを口の中で転がしながら、女が言った。

 眼鏡を中指で持ち上げ、男が答える。


「貴女の渡したメモが悪かったんじゃないですか?」


「なんだよぉ。これ以上かわいくてわかりやすい言葉なんてないだろぉ?」


 『おはよー☆ おきて♪』と書かれた紙切れをひらひらさせて、女はふてくされる。


「貴女はまた……可愛いとかそういうバイアスを掛けるから、思考に無駄が生じるんですよ」


「キミこそ、そんなお堅いようじゃ柔軟な発想が浮かんでこないぞぉ?」


「心に留めておきましょう」


「おう……で、いつまでこんなこと続けてるワケ?」


 もう飽きたと言わんばかりの彼女に、男は答えた。


「無論、夜が明けるまでですよ」

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