第19話 赤ずきんちゃん ~独居老人を襲った悲劇~

「赤ずきん、このカゴにパンとワインとアルツハイマーの薬入れたから」


「うん、じゃぁ行ってくるね」


「おばあちゃんももうそろそろ独りにしておくのは心配だから、赤ずきんからも言ってあげてね。一緒に暮らそうって」


「はぁい」


 朝露が真珠のように輝き、小鳥のさえずりがダイヤのように瞬く森を抜け、赤ずきんちゃんはおばあちゃんの家に向かいました。


「おばあちゃーん、遊びに来たよー」


 赤ずきんちゃんが家に入ると、おばあちゃんは頭の上まで毛布を被り、ベッドで寝ていました。


「おばあちゃん、赤ずきんだよ。おはよー☆ おきて♪」


「おや、赤ずきん。よく来たわ……ねっ!」


 言い終わるか終わらないかのうちに、おばあちゃんは鋭い爪で赤ずきんを切り裂きました。

 なんとベッドで寝ていたのはおばあちゃんではなく、オオカミさんだったのです。


「グッフッフッ……むっ?!」


 けれどオオカミさんが切り裂いたのは、家の裏に積んである薪用の木材のひとつでした。


「空蝉の術!? 奴はどこに?!」


「ここよ、オオカミさん」


 オオカミさんが声のした方へ目を向けると、まるで重力を無視したかように天井に逆さまに立つ赤ずきんちゃんがいた。

 でもスカートは重力に従いめくれ、かわいいドロワーズが顔を覗かせていた。


「貴様、何者だ!!」


「赤ずきんとは世を忍ぶ姿……本当の私の名は、スーパーくのいちブラッディクリムゾン」


「ぶ、ブラッディクリムゾンだとぉっ」


「うん」


「まさか同業者だったとはな……だが俺の変装は完璧だったはず! 俺の奇襲を避けられる奴なんているはずがない!」


「オオカミさん……ひとついいことを教えてあげる」


 ブラッディクリムゾンはドロワーズ全開のまま言った。


「おばあちゃんは……おばあちゃんは私のことを赤ずきんなどと呼ばない。若いころの母と勘違いして、私を節子と呼ぶのよ!」


「な、なにぃっ!!」


「オオカミさん、ひとつ質問するわ。本物のおばあちゃんはどこ? 貴方は誰で、何が目的なの? 昨日のお夕飯は何食べた?」


「誰が答えるか! 影狼忍法『手裏剣いっぱい投げる』!」


 今度こそブラッディクリムゾンに命中したと思われた手裏剣は、またもや薪用の木材に刺さる。

 木材は重力に従い落下し、オオカミさんの脳天に直撃した。


「へぶしっ!」


 それが決定打となり、勝負は決した。

 ブラッディクリムゾンはオオカミさんの喉元にクナイを突き付け言った。


「……おばあちゃんはどこ? 正直に答えれば悪いようにはしないわ。貴方にも家族がいるでしょう?」


「そ、そうだ……俺には美人の妻と、可愛い子どもたちが6匹……」


 オオカミさんはなだそうそうに答えた。


「お前のおばあちゃんなら、ここに来る途中、森の中を徘徊してるのを見かけたぜ。ありゃぁ自分では戻ってこれねぇな」


「くっ! 遅かったか……っ!」


「な、なぁ、正直に答えたんだ。そろそろこの物騒なクナイをしまってくれ」


「そうね……貴方はもう用済みよ。死ねっ!」


「ぇっ? ぎゃああぁあぁあぁ!」


 鮮血の飛び散る室内。その中央には敵の返り血を浴び赤く染まった頭巾を被るブラッディクリムゾンの姿があった。


「おばあちゃん……待ってて、今助けに行くわ!」


 それは独り暮らしの老人を襲った悲劇。現代日本が抱える闇そのものだった。

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