第16話 朝日
「ママー、これが朝日?」
「そうよ」
絵本の挿し絵を指差す娘に、私は頷いた。
かつては誰に対しても当たり前のように訪れた朝。けれど今や朝は贅沢品となり、庶民の私たちには手の届かないものとなっていた。
娘のあさひは、本物の朝日を見たことがなかった。
「私も見てみたいなぁ、本物の朝日」
「朝日なんて見たって腹は膨れないし、時間と金の無駄だぞ」
「ちょっとあなた、そんな言い方しなくても……」
うちにそんな余裕がないことはわかってる。でもせめて一度だけでも、この子には本当の朝を見せてあげたかった。
──そして、それからしばらく経ったある日。
「ぇっ、あなた……これってもしかして……?」
「驚いたか? 実はあさひが生まれてから毎日、缶コーヒー1本分のつもり貯金でコツコツ貯めていたのさ。俺だって本当は同じ気持ちだったんだ」
「あなた……」
「あさひ……おはよー☆ おきて♪」
「ん~? ママ、どうしたの?」
「あさひ、窓の外を見てごらん」
「窓の外って……ぇっ!?」
窓の向こう、視線の先では、遠くの町並みから人工のものとは違う、暖かな光が顔を覗かせていた。
「あれって本物?! わぁっ、すごい! きれい!」
「よかったわね、あさひ」
初めて迎える朝に、娘が瞳を輝かせていた。
私自身も久しぶりに見る朝日。それは何の変哲もない町並みから昇る安物の朝日だったけれど、記憶の中と同じ……いや、それ以上に綺麗だった。
隣ではしゃぐ娘の頭を撫で、思う。
(嗚呼……けれど本当は私だって、その分お腹一杯いいもの食べたかった)
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