夕焼
「ん〜…… ふぇ〜…」
元気に音を鳴らす目覚ましを止める。寝ぼけ眼を擦りながらキッチンへ行きトースターにパンをセット、焼けるまでの間に顔を洗う。
再びリビングに戻りフライパンにハムを2枚載せ卵を2つ焼く。
お湯を沸かしコーヒーを1杯、砂糖は少し多めで。
かなりさっぱりとした朝食の完成だ。今日という日はあまり食べる気にならない。
「いただきます…」
機械的に手を動かし咀嚼する。時々コーヒーを飲む。
うぅ… まだ苦い…
「はぁ…」
いつもなら間違えないはずの甘さ、今日という日はどうにも感傷的になってしまう…
だって今日はお母さんの命日だから。
お父さんとお母さんは近所でも有名なおしどり夫婦で、特にお父さんがお母さんにべったりだったから僕は孤独を感じていた。
けどお母さんはしっかりと僕の事を見ていてくれた。
どちらも大切な両親だけど、どちらかと言えばお母さんの方が好きだ。
だから日に日に弱っていくお母さんを見るのはとても辛かった。
「…あっ、もうこんな時間」
食事を終えてから時計の長針が一回りしかけている。
もう家を出なきゃ…
急いで準備を終え静かな玄関で挨拶をする。
「いってきます」
何も返ってこないのはやはり寂しい…
ーーーーー
ーーー
ー
目的地に向かう電車に乗りしばらく揺られていた。お母さんのお墓は近くに海が見える素敵な場所に建てたから、少し行くのに時間がかかってしまう。
頻繁に行けないからお母さんに報告することがたくさんできちゃった…
最近のお父さんの事とか、新しい雇い主さんの事とか。
そういえば彩音さんは大丈夫でしょうか… この前なんて掃除機のコードに引っかかって転んでましたし…
ふふっ… とても面白い人だからお母さんもきっと喜んで聞いてくれるはず。
そういえば光さん、昔よりとても背が高くなってたなぁ…
光さんのお家でお仕事してた時は僕より少し大きいくらいだったけど、今は彩音さんより高くなってたし…
僕、女の子より背が低いのかぁ… いや、でもよーく考えたら僕の周りの女性はとても背が高い気がする…かも?
やっぱり伸びないんだろうなぁ、僕の身長…
きっと華ちゃんも大きくなってるんだろうし…
ぐすん… 少しくらい男らしくても…『ダメです』!?
「今の誰!?」
「「ダメです」」
「どうかしましたか、光さん」
「そう言う彩音君こそ、急にどうしたんだい?」
「いえ… ただなんとなく、こう言わなきゃいけない気が…」
「ハハッ!奇遇だね、僕もだよ。同じ家政婦さんを雇うように感性が似てるのかもしれないね」
「あはは… そうかもしれませんね(あたい、負けへん!奏さんは絶対に譲らん!)」
「うぅ…」
謎の声に反応したからいろんな人に見られてる…
心なしか光さんのような?彩音さんのような?そんな声だった気が…
まあいっか。次で降りるし… 決して恥ずかしいなんて思ってませんからね!僕は大人なので決して気にしてません!大人なので!
ーーーーー
ーーー
ー
駅を出た瞬間香る潮の匂い。今日はとてもいい天気だ。少し歩き墓地に着く。
桶に水を溜めお母さんのお墓まで持っていく。
思ったより汚れてないな。お線香の灰やお墓の汚れ具合を見るに最近誰かが来たのかもしれない。誰かはわからないけどきっとお母さんも嬉しいはず。
「さてと… もっと綺麗にしちゃいますか!」
雑草や枝を集め周りを綺麗にし、お墓にお水を掛けブラシで汚れを落としていく。
1人でやる作業はとても静かで波の音とブラシでこする音しかなかった。黙々とこなしていたらやっぱりすぐ終わる。
早くお母さんにお話を聞かせてあげなくちゃ!
お線香を添え口を開く。
「まずはー…そう!新しい雇い主さんについて話すね!一番最初はやっぱり面白い話からだよね!」
時間を忘れただひたすらに語り続ける。だいたいの事はお母さんに報告出来た、話す事はもうないかと考えようとしてようやく空がオレンジ色に染まっていることに気づく。
「あとは… あっ… もうこんな時間かぁ… 早いなぁ…」
お母さんは当然この世にはいない。けどここに来るとまるでお母さんがいる気がして、寂しくなくなる。
だからいつも話し込んでしまう。お母さんと僕の語らいを断つこの夕焼が少し苦手だ。けど帰らなきゃいけない。
「ふぅ… お母さん、また来るね!」
最後に挨拶をして帰るためまた駅へと向かう。
もう僕は、僕でいられないから。
ーーーーー
ーーー
ー
「あ〜… 今日も疲れた…」
「あ、彩音さん。お疲れ様です!」
「あ、奏さん!」
「今日はお休みありがとうございました!明日からまたバリバリ働きますよー!」
「はい!頼りにしてます!」
「それではまた明日お会いしましょう!さようなら!」
「はーい!それじゃ!」
彩音さんコンビニ弁当持ってたなぁ… 少し悪いことをしてしまった気分… 明日からもっと気を遣ってご飯作らなきゃ!
「ふぅ…」
部屋の扉の前に着く。鍵を開けドアノブを握り少し躊躇う。
「……」
ドアを開けなきゃ…
「ああ!おかえりなさい"澄音"さん!新しい小説を思い浮かんだんだ!是非とも読んでほしいな!」
「ただいま戻りましたよ。あとで"私"が読みますよ、楽しみです」
僕は…私にならなきゃいけないんだ…
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