第6話
「なんだこれ……」
学校に到着すると、私の机には大量のバナナが置かれていた。早朝にも関わらず、誰かが悪戯したのだろう。
私が「バナナが沢山」と言うと、水稀はどこかを見つめ、ため息を吐く。
水稀の視線の先を見ると、そこには大量のプリントが置かれていた。
「これってまさか……」
私が視線を向けると、水稀は置いてあるプリントの山から一枚を手に取り、表面をこちらへと向けてきた。
プリントに書いてあることを読むと、一行目に「提出物は提出期限までに出すこと♡」と書いてあった。どうやらこれの正体は通称ペナルティプリント。つまり、課題を提出期限までに出さなかった生徒に課せられるプリントということだ。
「恐らくそうだろうな」
水稀は手に持っているプリントを机の上のプリントと共に、シュレッダーに投入した。
そして同時に、教室内で機械の音が響く。
「待って、何やってるの!」
水稀を止めようとしたが時既に遅し。全てシュレッダーの朝食にされてしまった。
「先生にバレたら、多分一年かけても終わらないくらいの課題を出されるかもしれないのに……。よかったの?」
「えっ、未提出なのは否めないけど、帰っていいって言ったのは課題マンだろ? なのにペナルティプリントを課するほど、課題マンが酷い先生ではないと思うんだ。いや、思いたい」
水稀が少し焦りながら言うと、突然後ろのドアが音を発した。驚きつつも振り向くと、そこには今話題にしていた本人が立っていた。今日から課題マンもとい話題マンと呼ぼう。
先生はドアの前で仁王立ちしてたかと思うと、足音を響かせながら、音の出ているシュレッダーに歩いていく。
「先生、ちょっといいですか!」
ここを通りたかったら私を倒せと言わんばかりに立ちはだかると、先生は眉間に皺を寄せる。
「何の用だ?」
「いえ、先生と話したい気分だなーって思いまして。少し話でもしませんか? いや、しましょう!」
先生に向かって元気よく言うと、先生は頭を搔きながら唸る。
「残念だが、急ぎなんだ。話は僕の時間がある時でい――」
「嫌です!」
「嫌なのは伝わったが、言ってる途中で言わないでくれよ……。悲しくなるだろ」
少し悲しそうな表情をした先生は、心做しか可愛く見えてしまった。
「思っていることは正直に言うべきですよね?」
「少しはオブラートに包まない? さすがにそれは悲しいよ?」
「オブラートに包んだ方がいいですか? オブラートそこまで好きじゃないんですよね……」
具体的に言うと、オブラートの舌触りが。
「うんうん、オブラートに包んでほしい……って、何のこと言ってるの? オブラートに包むのに、好き嫌いってある?」
「実は、舌触りが好きじゃないんです。祖母から飴貰ったら、剥がしてるくらいで……」
「なるほどな……。俺も剥がしている気がするなあ。いや待て、そっちのオブラートじゃないぞ? 確かにオブラートに包んでとは言ったけどさ……」
「先生がノリツッコミするなんて、明日は大雪かな……」
明日の天気を気にするように外を見ると、先生は「話を逸らさないでくれ……」と眉を下げる。
「そういえば、何の話をしてたのか忘れてしまいました……。先生を許さない」
「オブラートに包んでほしいって話だ。それと、何も悪いことしてないのに、何故俺が悪者扱いされなければならないんだ? 泣いちゃうぞ」
先生が泣くような仕草をすると、水稀が「泣きたければ泣いていいですよ」と急に呟いた。
「急に口を開いたと思えば、なんだその言い方は! 相生には課題を用意しているんだぞ!」
先生が怒ったように、水稀の席を指差す。情緒不安定なようだ。
「あれ、今朝置いたはずの課題は何処へ……。二人とも、知らないか?」
「「知りません」」
私たちが息を合わせて言うと、先生は「ここに置いたはずなんだけどな……」と呟きながら辺りを探し始めた。
バレたら課題を増やされてしまう。そう惧れた私は「そういえば、私の机に大量のバナナが置いてあるんですけど、誰のか知りません?」と話を逸らしてみた。
「ああ、それか。それは僕の朝食だ。どうしてもと言うなら、一本だけなら食べてもいいぞ」
「いえ、いりません」
「ほしいよな? 本当はほしいんだよな? 正直に言えば二本あげるから、本当のことを言うんだ」
「いえ、いりません」
同じセリフを繰り返すと、先生は少し唸ってからため息を吐いた。
「わかった。俺が悪かった。だから一本、いや二本。何本でもいいから、食べてくれ。買いすぎて食べ切れないんだ」
「きっと水稀が食べてくれますよ」
水稀の方を向いて言うと「え、俺?」と、驚いたように言う。
「相生、食べてくれるのか! ありがとう。嬉しいぞ」
「え……」
「相生、全部食べられるか? これ全部、食べられない分なんだ」
「一応、全部食べられると思いますが……」
「わかった! あとは頼んだぞ!」
先生は喜びながら、教室を出て行った。
先生がいなくなったことにより、教室内は再び静寂が訪れた。
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