第7話

「見ろ! もう少しで完食だ!」


 突然一人のクラスメイトが叫んだ。

 先程まで静かだった教室内は、気付けばざわざわと騒がしくなっている。


 時計を確認すると、時刻は既に朝のSHRの時間になっていた。

 しかしクラスメイトたちは、水稀のバナナ処理に夢中になっている。恐らく全員SHRの存在を忘れているのだろう。


「見られていると食べにくいのだか……」


 見世物にされている水稀は少し困ったように言う。しかし言動と正反対に、バナナの皮をむく手は止まっていない。やはり、食欲には勝てないということだろう。それとも、単純にゴリラだからか?


「水稀くん頑張れ! あとひと房だよ!」

「水稀凄いぞ! 掃除機のようだ!」

「いいぞ相生! もうすこしだ!」


 クラス中が一丸となり、水稀のことを応援している。


 ……ん? 今、相生って聞こえたような……。

 このクラスで相生と呼ぶのは、課題マンこと私たちの担任しかいない。


 もしやと思い辺りを見渡してみるが、それらしい人影は見当たらなかった。


「なあ、雨宮。相生が頑張っているのに、何をしてるの? そんなことしてる暇があったら、相生の頑張りを見た方がいいぞ」


 私が聞き間違えたのだろうか……。そう思って正面を見た瞬間、突然背後から声が聞こえた。先生の声だ。

 私は首を捻るように、さっと振り向く。やはりそこには、先生が立っていた。


「先生、私の後ろにいたんですね。知りませんでした」

「僕、よく影が薄いって言われるんだ。あはは、悲しいな」


 先生は死んだ目をしながら、棒読みで言う。とてもショックなのだろう。


「いいえ。影は薄くないと思いますよ。だって、生徒に大量の課題を押し付けるような、凄い先生ですから」


 先生の課題の量は異常だ。訴えたらきっと、大事になるくらいだ。


「影の濃さと課題は関係あるのか……?」

「はい。課題の量が多すぎて、課題マンというあだ名ができているくらいです」

「待って、そこまで言わなくても良くない? 知らぬがなんとかって言うでしょ?」

「先生が課題の量を減らせば、自然と解決する問題です。ただそれによって、先生のことを認知する人が減る可能性はありますが」


 課題の量が多くなければきっと、然程生徒から認知されていなかっただろう。課題の量と知名度は比例しているに違いない。


「それは困るな。やはり僕のことを知ってる人は多くなければ」


 この先生は何を言っているのだろうか。


「とりあえず、課題の量を増やせばいいと言うことだな? 職員室に戻って、課題を印刷してこよう」


 先生は不気味に笑うと、教室を出ていってしまった。

 そしてそれと同時に、再びクラスメイトが叫ぶ。


「水稀が食べきった! よくやった!」


 先生が出ていった方向を見て呆然としていたが、その叫び声で我に返る。


「……吐きそう」


 水稀は口元を抑えながら、苦しそうな顔をした。

 私は水稀の近くに歩み寄り、ぽんっと肩を叩く。すると今にも吐きそうな顔で、私の肩に腕をかけてきた。


「うわっ!」


 私は突然肩が重くなる感覚に驚き、普段よりも大きな声をあげてしまう。そして反射的に、膝を曲げて屈んでしまう。

 クラスメイトたちは私の声に驚いたのか、一瞬で教室内が静まり返った。


 すると水稀は軽く体重を預けていたため、私が屈んだことによって体勢を崩してしまった。


 そして耐え切れなかったのだろう。水稀は床に倒れ込んた。

 静まり返った教室内に、倒れた時の地鳴りのような音が響いた。


 クラスメイト達は哀れそうな顔で水稀を見たかと思うと、何故か手を合わせて合掌し始めた。


「なむなむしなくていいから、助けてくれ……」


 顔色の悪い水稀は手を上げながら、クラスメイト達に助けを求める。しかし数人を除き、その他のクラスメイト達は合掌をやめようとする素振りをしない。とても素晴らしい団結力だ。


「どうした! 大きな音が聞こえたが、何かあったか?」


 突然ドアが開き、隣のクラスの担任が入ってきた。


「いえ、なんでもありません!」


 先生の前にクラスメイト達が壁を作る。


「何もないようで安心だ! 授業に遅れるなよ!」


 先生は大声で言うと、ドアを強めに開いて出ていってしまった。


「……よかった」


 クラスメイトたちは安心した様子で、次々と教室から出ていく。


 時計を確認しようとした時、丁度良いタイミングで予鈴が鳴った。授業開始五分前を知らせるものだ。


「早く授業の準備をしないと……」


 ボソッと独り言を漏らし、教室を後にした。

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