第5話

 水稀がドアを開くとその先には、課題マンこと古屋先生が立っていた。


「なんでここにいるんですか……」

「それは俺のセリフだ。何をしているんだ?」

「先生が出した課題をやっているんですよ」


 水稀が強めの口調で言うと、先生は腕を組んで「ふむぅ……」と声を出す。私は「何がふむぅ……だよ」と言いかけたが、言って面倒なことになっても嫌だと思い我慢した。


「一応私は終わってるのですが、もう少し待っていただくことは可能ですか? 水稀がまだ終わっていないので……」


 言いかけたことを飲み込んで言うと、水稀は「お願いします」と頭を下げる。


「……」


 先生は私たちを見つめながら、黙りこんでいる。

 私たちも何を言えばいいか分からず、教室内に沈黙が訪れる。


 それにより、部活動などが終わった生徒の声が教室内まで聞こえてくる。

 その感覚が新鮮故に、違和感を感じた。


 そんな違和感に慣れてきた頃、急に先生が勢いよく頭を下げる。


「……悪かった」


 外部からの声が聞こえる以外、何一つ物音がしなかった教室内に、先生の震えた声が響く。


「「え?」」


 予想外の展開に、私たちは喫驚する。


「実は、本気でやると思ってなかったから、大量の課題を出したんだ……。しかし、それを二人は真面目にやった」

「は、はぁ」


 先生は頭を上げると、遠くを見つめながら呟く。


「よく考えたら、この課題の量は駄目だよな……」


 先生はいたって真面目に話しているが、何か裏があると思い身構える。


「そうですよ。この量は並の人間なら、丸一日はかかると思いますよ」


 水稀は大きくため息を吐きながら、呟くように言った。


「そうだよな……。少なすぎたよな……」

「「は?」」


 先生の発言に、思わず声が出てしまった。


「いやいやいやいや、多かったですよ? 正直、真面目に授業を受けていたら、今頃半分も終わってなかったと思います」

「なんだと? 真面目に授業を受けなかったのか?」


 先生は私たちを睨みつけながら言うと、手に持っていたバッグの中を漁り始める。


 そして何かを取り出すと、私たちに無理やり押し付けてきた。


「これは……なんでしょうか?」

「真面目に授業を受けなかったことについて、反省文を書くための用紙だ。分かっていると思うが、今日受けた授業の担当の先生全員に書くこと。期限は明日の朝までだ」


 先生はそう言うと、更にバッグの中から紙を取り出し、投げるように机上に置いた。


 置いたときの風圧で私が置いたままの課題が数ページ捲れる。

 表紙だけならよかったが、数ページ捲れたことにより、三割以上マラーティー語で埋められた課題が先生の目に入る。


「おい、これって……」


 ふざけていたことがバレてしまった。課題を増やされたら困る……。

 先生は課題を数秒間見つけると、私に視線を移した。


「これってもしかして、マラヤーラム語か?」

「違います。マラーティー語です」

「違いが分からない」

「簡単に例えると、校長先生と私の髪の毛の本数くらい違います」


 私はとてもわかりやすく説明する。


「なるほどな……。いや、そんなこと言っていいのか? 髪の毛の本数がどうであれ、校長に変わりはないからな」


 先生はさも冷静に言う。しかし、笑いを堪えながら言っているのだろうと、話し方から伝わってきた。


「でも先生、笑いそうになってないですか?」

「気のせいだ。……おい相生、笑うんじゃない。失礼だろうが」


 先生は水稀に視線を向けて諭す。

 私が水稀に視線を向けると、水稀は口元を手で抑えながら笑いを堪えていた。


 それにつられ、私と先生も笑いそうになったが、ふと我に返る。

 それと同時に、大事なことを思い出す。


 そういえば、反省文を書かなければいけない。


 昼休みに来たから、五から七時間目の授業の反省文……つまり、三つ反省文を書くということだ。


「水稀……」


 私は笑いを堪えている水稀に向かって、反省文の紙をちらつかせながら話しかける。

 すると水稀も我に返ったのか、大きめのため息を吐く。


「そうだった……。完全に忘れていたよ」

「あ、それ今回はやらなくていいぞ」


 先程まで笑いを堪えていた先生が、落ち着いた様子で紙を手に取る。


「えっ、先生どうしたんだ? 明日学校でも爆発するの?」


 水稀が愕然とした表情で言うと、先生は私たちを見ながら「久しぶりに楽しませてもらったからな。らそれのお礼みたいなものだ」と言い、大量の紙をバッグに詰め込んだ。


「なんか、今日の先生はおかしいね」

「いつものことだろ」


 先程までは気づかなかったが、完全に閉まっていなかったドアの隙間から入ってきた冷たい風が、私の手を冷やした。


 私は冬が嫌いだ。


 しかし、今年の冬は好きになれそう。そんな気がした。

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