第4話

「終わった〜!」


 私はシャーペンを置いて伸びをする。


「あのー、冬華さん。早くないですか?」


 水稀動かしている手を止め、私を見る。


「えー? 気のせいだよ!」


 私が誤魔化そうとすると、水稀は私の手元から終わった課題を奪い取り、ペラペラとめくり始める。取り返そうとしたが、ゴリラに人間が勝てるはずがない。勝てたら私も「○○ゴリラ」と呼ばれてしまう。仮に呼ばれるとしたら、なんて呼ばれるのだろうか。いや、それはどうでもいいか。


 水稀は私の手をかわしながら、数ページめくり終わると、ため息を吐いてから返してきた。


「見てはいけないものを見てしまったような」

「え! なんで? 終わってるじゃん」

「最後まで見てないからわからないけど、これ、なんて書いてあるかわからなくないか……? 何語だよって思うような文字で書かれていたけど……」

「うん、日本語で書いてないから、普通の人には読めないかもしれない」

「何語だよ」


 捲し立てるように聞いてくる。


「マラーティー語」

「いや、何語だよ」


 機会の如く、同じような台詞を繰り返してきた。「何語だよBOT」かな。


「だから、マラーティー語だって」

「どうやって読むんだ……?」

「気合いで」

「今日から脳筋ちゃんって呼ぼうか?」


 苦笑いしながら言う。


「大丈夫。私は水稀と違って、脳筋っぽい台詞は言ってない」

「いや、言ってるから。なんなら俺より脳筋っぽかったぞ」

「気のせいだよ。うん、気のせい」


 私が誤魔化そうとすると、そのことを察した水稀は「そうか……」と言い、課題の方へ向いた。


「とりあえず、俺は課題の続きをやるから、邪魔するなよ!」

「大丈夫! 脳は左右に分かれてるから、片方を課題、もう片方を会話に使えばいける」

「そういうところが脳筋っぽいんだよ……」

「その割に、手を動かしながら話せてるよ? その調子だよ!」


 私が水稀の肩をぽんっと叩くと、ため息を吐くのと同時に、シャーペンを置いた。


「邪魔しないでほしいのですが……」

「暇すぎてつい、ね?」

「俺はまだ終わってないのですが……」

「それなら、私のを写す?」

「日本語で書いてたのに、急にマラヤーラム語になったら変だろ?」

「違うよ。マラーティー語」


 間違いを指摘すると「まるでわからん」と首を傾げる。


「わからないかぁ……。とりあえず早く写さないと、十九時までに終わらないよ?」


 水稀の前に、私の課題を投げるように俺の置くと、諦めたのか、ペラペラとめくり始めた。


 ちなみに提出期限は十九時だ。提出期限を伸ばしてもらおうと交渉したが、断られてしまった。


「あと数ページくらいだし、多分大丈夫だよな……。大丈夫だと思いたい」


 水稀は手を動かしながら、口も動かして言う。まったく、器用な奴だ。


「あの先生、最初の数ページしか確認しないって噂を耳にしたことがあるから、多分大丈夫だよ!」

「最初の数ページしか確認しないのなら、最後までやる必要なかったんじゃないか……?」


 水稀は素早く手を動かしながら、ゆっくりとした口調で聞いてくる。


「マラーティー語を書いていたら、楽しくなっちゃってつい……」

「ついって何!? 日本語でも楽しく書こうよ!」

「無理だね」

「何故だ……」

「無理だから」

「おぉ……。理由が小学生みたいだな……」


 水稀は呆れたような顔で言う。


「脳筋ゴリラくんに言われたくないけどね」

「脳筋なのは認める」

「とうとう認めちゃったよ……」

「ただし、ゴリラは認めん!」


 シャーペンをガリガリと動かしながら、少し強めに言う。ガリガリとした音がとても大きい。筆圧が強め……いや、強すぎるせいだろう。


「じゃあ、どう呼べばいいの? 脳筋太郎?」


 ゴリラという呼び方以外に、良さそうな呼び方が思いつかなかったので、適応に言ってみる。


「なんだその、鬼を倒しに行きそうな感じの呼び方は……。すこし怖いぞ」


 少し距離を取るように、椅子を私とは反対の方向に動かした。酷すぎる。


「そこまで怖いこと、言ってないと思うんだけどな……」

「充分怖いぞ。太郎を付ければいいだろうって感じの発想が」

「あ、適当に出しただけだから、別にそんなつもりはないよ」


 私が反論すると、水稀は「なんだと……」と机に突っ伏す。

 それと同時に、教室の外から足音が聞こえる。足音的に、こちらへ向かってきそうだ。


「ど、どうする? これってもしかして……、幽……」

「それはないだろ。わからないけど」

「だといいけど……」


 私がため息を吐くと、それと同時に足音が止まる。もしかしたら、ドアの前にいるかもしれない。


「とりあえず、誰がいるか確認しに行くか?」

「うんうんうんうん。今すぐ行こう」

「そんなに怖いのか……」

「別に怖くないよ! 誰がいるのか気になるなーってだけ!」


 私が動揺しながら言うと、水稀は「じゃあ、開けるか」と言ってドアの前に立つ。


「開けるぞ」


 水稀が私を見ながら言った。私が頷くと、勢いよくドアを開いた。

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