第3話

 私たちが学校に着く頃には、校舎内をたむろしている連中が見えた。恐らく昼休みなのだろう。私たちはそれに紛れて教室まで行こうと、玄関に全力で走る。


 玄関に着くと、私は膝に手を付きながら息を整える。やはり、全力疾走するべきではなかったなと、少し後悔した。

 すると次の瞬間、前から聞き覚えのある声が聞こえた。


「二人とも、今来たのか」

「先生、名前を忘れてしまったので、名乗ってください! 名前、年齢、職業、趣味、彼女の有無、一言をお願いします!」


 私が前にいる人物を確認する前に、水稀が元気よく話し始めた。


「古屋唯人、二十七歳。国語教師だ。趣味はベースを弾くことで、彼女は……聞かないでくれよ……。あと、二人の担任なのに、まだ名前覚えてもらえてなかったのか。もう半年以上経ってるのに……。先生ショックで泣きそうだよ……」


 私が前にいる人物を確認すると、しゅんとした先生が立っていた。

 先生は短めにため息を吐くと、真剣な眼差しで私たちを見つめて言う。


「そう言えばだが、遅刻して俺の授業サボったよな……。罰としてこれをやっておけ。提出は書いてあるとおりだ」


 そう言うと私たちに、分厚い何かを手渡してきた。そこまで重くないだろと思っていた。しかし、予想の二倍以上の重さはあった。


 表紙を見てみると「こくごのかだい 提出期限は明日♡」と書かれていた。何が明日♡だよ。しかもこれ、確実に国語辞典並の厚さだ。厚いなとは思ってたが、ここまでだとは思っていなかった。とりあえずこれは……うん。


 ……捨てよう。


「とりあえず早く教室に行って、昼ご飯を食べろ。あと二十分くらいで、次の授業が始まるぞ」


 先生はふんわりとした口調で言うと、どこかへ歩いていってしまった。


 よし、今日からあの先生は「課題マン」と呼ぼう。そしてこの課題は、先生の机のそばにあるゴミ箱に捨てておこう。悪意丸出しで。


「なぁ、冬華」


 水稀は課題を見つめながら呼んできた。心做しか、課題を持っている手が震えているように見える。


「課題のことでしょ? これ、絶対に終わらないし、やらなくていいと思うよ」

「俺もなかったことにしようと思っていたんだが、裏表紙を見て諦めたよ……」


 私は水稀が言っている意味がよくわからなかった。とりあえず裏表紙を確認しようと思い、分厚い課題を裏返す。


 するとそこには「提出するかしないかは自由ですが、しなくて後悔しても知りませんよ♡」とかかれていた。課題マンはもしかしたら、エスパー的な何かを持っているのだろうか。いや、そうに違いない。


 そしてこのハートマークである。もしかしたら、ハートマークが好きなのかもしれない。


「これってまさか……」

「多分、そのまさかだろうな……」


 水稀はため息を吐く。

 これはもしかすると、提出しなかった場合、伝説の「先生の特別レッスン!」というやつを受けさせられるかもしれない。都市伝説的なのだと思っているが、本当に存在したらとても困る。


 何故困るのかというと、そのレッスンとやらは、一日中ずっと「何か」について語る先生の話をきき、それについてのレポートを五十枚程度書いて提出しなければならないという、恐ろしい噂を聞いたことがあるからだ。仮にその噂が本当だとしたら……。待ち構えてるのは死のみだろう。


「やるしかないのかな……」


 私が震えながら言うと、水稀は「そうだろうな」と言った。私と同様、水稀も震えていた。


 見た目がとても強そうな人が震えている姿を見ると、とても違和感がある。


「遅れてもいいか、聞いてみよう。さすがに今日だけでは終わらないし」


 水稀は体と声を震わせながら言った。

 私は頷いてから、水稀に提案する。


「ねぇ、どっちが早く終わるか勝負しない?」

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