第2話
学校まであともう少しというところで、学校の方向から電子的なチャイムが鳴った。これが聞こえたということはつまり、遅刻したということだ。そう、私たちは遅刻してしまった。なんて日だ。
家を出る時間は確か、ギリギリ間に合うぐらいだったはずだが……。はやり、脳筋ゴリラと戯れていたのが良くなかったようだ。あの脳筋ゴリラは動物園にいるべきだと思う。
間に合わわなかった理由に心当たりがある。
これは数十分前、私が学校へ向かっている時。
私は脳筋ゴリラに雪を数回投げられたし、転ばされた。
この内容だけ聞いたら、誰しも勘違いしそうだが……いや、間違いではないから訂正しなくていいか。
その後私は立ち上がり、水稀に向かって「早く学校行かないと、遅いってまた先生に怒られるよ」と言った。
しかし水稀は表情筋を鍛えながら、雪を握り続ける。とても異様な光景だ。
「とりあえず今から家に戻って、制服に着替えてきていいか? この格好のままでは、目立って恥ずかしいしな」
脳筋なのに羞恥心があったのか。と驚きつつも時計を確認すると、長針は三を指していた。今の時刻が八時十五分ということは、あと二十分しかない。
「あのー。あと二十分で遅刻になっちゃうと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。俺が冬華を担いで走ればいいさ。」
「やはり脳筋ゴリラくんは違うね。これだから脳筋ゴリラは……」
「じゃあお姫様抱っこで走ればいいか?」
水稀は困った顔で言う。
「違うんだ、そういうことじゃないんだよ脳筋ゴリラくん」
「じゃあ、何がだめなんだ? 間に合えばいいと思うのだが」
水稀は少ししょんぼりしながら言う。
「仮にスカートの中が見えてしまったら……わかるよね? 変態ゴリラに改名だよ。変人度がアップだよ」
脳筋ゴリラから変態ゴリラに降格……いや、昇格するチャンスだ。
「大丈夫だろ。冬華のなんて見な……あっ、なんでもない」
「うーん? 今なんて言ったのかな? 変態ゴリラくん」
「需要と供給の話を……」
「そこまで言う……?」
酷い言われようで、少し悲しくなった。
「まぁ、見られても大丈夫だろ」
「うーん、履いていればね」
布の方を晒すなら構わないが、そもそも履いてきたか記憶にない。履いてなかったらとても困る。
いや、仮に履いてたとしても、水玉模様のではないといいが……。
「もしかして、履いてないのか? 俺のでも履くか?」
「あ、遠慮しておきます」
「ツンツンすんなって〜」
水稀は私をつんつんしながら言う。
「つんつんしないで? 通報するよ?」
「あー、ごめんごめん。つんつんしすぎた」
何をしたらつんつんしすぎるのだろうか。そう思いつつ再び時計を確認すると、あと十分ちょっとで遅刻するくらいの時刻になっていた。
「とりあえず、着替えるなら早く着替えてよ。早くしないと遅刻しちゃうよ」
私がそう言うと、水稀は「わかったわかった」と言いながら私を担ぎ始めた。
これはもしかすると、もしかしなくても、家へ連行されるのだろう。
「私はここで待ってるから大丈夫だよ」
「ここにいたら寒いだろ。ほら行くぞ」
水稀は私を腕に固定すると、走り出す。
その後、水稀は着替えを済ませ、学校まで一緒に向かった。正確にいうと担いで連れていかれた。
……これって、私が悪いのかな。
あの時、雪だるまを殴らなければ。待ってるって言わなければ。後悔しかない。
私が深くため息を吐くと、それと同時に水稀は「あー、遅刻だー」と言った。タイミングが良すぎて、私のため息の音はかき消された。
「これだから脳筋は」
私は聞こえないくらいの声の大きさで呟く。しかし、
「脳筋がなんだって?」
水稀は私を降ろしながら言う。
「いや、なんでもない」
私がそう言うと、水稀は得意げに鼻をフンッと鳴らす。
「遅刻は遅刻だし、どこか寄り道しないか?」
水稀は小さい子をなだめるように、優しい声で言う。
「え、無理」
「そんなこと言うなよー。今日だけお願い! な?」
身長は水稀の方が高いはずだが、何故かと上目遣いをしているように見えた。
少し考えた後、間を置いて返事をする。
「うーん……今日だけだよ?」
私がそう言うと水稀は頷き、学校とは違う方向へ歩き始めた。
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