1章.ゴリラの雪だるま
第1話
外へ一歩踏み出すと、辺り一面が雪に覆われていた。
息を吸うと鼻の奥がつんとして、生きてることを実感させられる。
やはり布団を取りに戻ろうか。そう思いつつ歩き始めると、私の背中に何かがぶつかった。
ぶつかった物体の正体を確認するため、一旦止まって着ていたコートを脱ぐと、背中の部分が白くなっていた。雪だ。
コートに付いている真っ白な雪を落とそうと、右手でコートの雪を払い落とそうとする。
すると、次は右腕に何かが当たった感触がする。コートを脱いでたため、冷たさが肌まで伝わった。雪だ。また雪が当たったのだ。
誰かのいたずらだと確信し、右側を確認する。しかし、そこには異様な形をした雪だるま以外、目視できなかった。
運が悪かったのだろう。きっと今から何か、良いことが起こるだろう。そう思いつつ、今度は右腕の雪を払い落とす。
全ての雪を払い落とし早く寒さから身を守ろうと、コートを身に纏うと、次は頭の上に何かが降ってきた。とても冷たい。
どうせまた雪だろうと思いつつ、降ってきたそれを払い落とし、また足を動かし始める。
すると今度は左側から、何かが当たる感触がする。また雪だ。今回は少し痛かった。
これ以上当てられてたまるものかと、左側を全力で向く。やはり、異様な形をした雪だるま以外は目視できなかった。
これはきっと、私の反応を楽しんでいるのだろう。反応しなければ、相手もつまらなくなってやめるに違いない。
そのことに気付いた私は、また投げられてきても絶対に反応しないぞ、何があっても無視するぞ、と自分に言い聞かせる。
しかし、あの異様な形をした雪だるまは何だったのだろうか。右を向いたときにも、左を向いたときにもいたような……。ん?
私は思ってしまった。
何故あの雪だるまは、普通の形ではなく、人の形をしているのだろうか。私の身長より、何センチも高いのだろうか。
気になってしまった私は、その雪だるまに近付いてみた。
触ってみるが、感触は普通の雪だるまと同じだった。そこは普通なんだなと思いつつ、手袋をした右手で、雪だるまの腹部と思われる部分を殴ってみる。
殴る力が強すぎたのか、雪だるまは左右に揺れ始めた。この雪だるまは、もしかしたらあれなのだろうか。中にセンサーが入っていて、押されると左右に動く仕組みのおもちゃ的な。
しばらく左右に揺れ続ける雪だるまを見ていると、雪だるまが砕け、辺りに雪が舞った。まったく、迷惑な雪だるまだ。
舞った雪が地面へと落ちると、雪だるまの本体が現れた。
本体はスキーウェアを着て、顔もゴーグルを装着していた。
誰かまでは確認できなかったが、人だということは確認できた。
スキーウェアの人は溝落ちを押えながら、こちらへと近寄ろうとする。
もしかしたらこの人は、近付いて何かをしようと考えているのかもしれない。
私はスキーウェアの人から距離を取ろうと後退りするが、雪に足を取られ、転んでしまう。
起き上がろうとするが、焦りからか上手く立ち上がれない。
スキーウェアの人は私の方へと、段々と近付いてくると、両手を上げた。
もしかしたら殴られてしまうと思った私は、咄嗟に腕を顔の方へ近付け、顔を守ろうと身構えた。
すると次の瞬間、スキーウェアの人は下を向きながら、ゆっくりとゴーグルを外した。
そして外してから、こちらへと視線を向ける。
この男は……。
怪しいスキーウェアの人の正体。いや、雪だるまの正体はなんと、私の幼馴染の相生水稀という脳筋ゴリラだった。
ちなみにだが、脳筋ゴリラというあだ名をつけのは私である。
脳筋ゴリラというあだ名がついた理由はというと、体格が完全にゴリラそのものだったからである。
一応言っておくが、このゴリラはただのゴリラではない。運動のできるゴリラだ。
どのくらい運動できるかというと、服の上から遊園地の着ぐるみを着ていても、並の人間と同じくらいの速さで走ることができるとかできないとか。
「脳筋ゴリラ……」
脳筋ゴリラとかゴリラとか……頭の中で考えすぎたせいで、ふと私の口から出てしまう。それを聞いた水稀は、私を見ながらため息を吐く。
「お前なんでその呼び方好きなの? ゴリラが好きなの? 動物園行くか?」
「その思考回路そのものが脳筋ゴリラだと思うよ」
そういえば、初めはゴリラというあだ名だったが、考えることが脳筋そのものだったということもあり脳筋が付け足されて、脳筋ゴリラとなって現在に至る。
これは余談なのだが、この脳筋ゴリ…ではなく水稀の家には、謎の大会の賞状が並んでいる。
例えば、第三回 雪だるま選手権大会 個人二位。これに関してはよく分からない。何のための大会なのか、何をしているのか、全く想像がつかないが、雪だるまに関係する大会だと聞いたことがある。どうでもいいが。
私が水稀のことを、「脳筋ゴリラみたいだな」と思いながら見ていると、表情筋のトレーニングをしているのか、私のことを睨みつけてきた。
私がため息を吐くと、水稀は眉間に皺を寄せる。更に表情筋を鍛えようとしているようだ。
「何だよ、冬華。溝落ちを殴ったやつが、何をほっとしているんだ?」
「いや……、別に」
「とりあえず、立てよ。立たないなら置いていくけど、いいのか?」
水稀は優しく笑いながら、すっと手を出してきた。私は転んでしまったことに対しての恥ずかしさからか、「一人で立てるから大丈夫だよ」と断ってしまった。
水稀は私が立ち上がるのを確認すると、眠た気に欠伸をする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます