第9話

『勝山家が滅びる』そんな憶測や噂は瞬く間に館内、そして領内に広まった。だが、泰国は顔色一つ変えずに精力的に政務に没頭した。領地の三方を敵対勢力に囲まれ、行商や交易に支障は出たが、領民の胃を満たすだけの食料は確保されていた。それが泰国にとっても最大の救いでもあった。贅沢さえ言わなければ、食うに困ることはない。戦乱で田畑が荒らされない限りは、生活の維持は出来ると確信していた。漁も護衛を付ければ問題なく行える状態だ。なにしろ近隣では、勝山家に対抗できるほどの海上戦を行える家はなかった。それを泰国も分かっていた。ただ、戦える者は少なかった。


 そんな圧倒的な不利化に於いても、連合を組んだ家々は、攻め込む決断を下せずにいた。人数差には歴然とした違いがあったが、ようとして話を進めることができずにいた。連合とは言え、まとめ役がいなかったのが最大の失敗だ。皆が責任のなすり合いに明け暮れ、音頭を取れる家がなかったのだ。そもそも連合の発起人としての根津家は勝山家と隣接さえしていない上に、勝山家の情報も多く持っていなかった。そして肝心なことは、根津家が攻め入るにしても、他国の領地を通らなければならないことだった。そんな状態では、単なる烏合の衆と変わりがない。そんな時、とある家のの密偵が勝山家の城下を歩いていた。そこで目にしたのは、活気のある町民たちの姿だった。密偵はその光景に驚いた。戦準備で慌ただしく、不安な顔をしているだろうと思っていたからだ。ところが、自分が仕える家の市場よりも、人々の顔に笑みがこぼれ、余裕さえ見えたのだ。『この家に勝てるのだろうか』それが密偵の導き出した答えであった。それもそのはずである。領民の不安を取り除くために、泰国はあらゆることをおこなった。年貢量を下げたり、税を下げたり、領民の生活向上を目指したからだ。漁と同様に、農村部にも護衛を配置し、村民との信頼関係をしっかりとしたものに作り上げていた。その上で、泰国は大々的に軍事訓練を行い、それを領民から隠そうともしなかった。そんな武将たちの雄姿を見て、領民の安心感は増していった。そのような状況だからこそ、兵に志願する農民も後を絶たなかった。

やがて『泰国様が負けるわけがない』との風潮が領内を満たし始め、それらが活気ある領民の顔に希望と笑みをもたらしていたのだ。ただし、隣国に繋がる街道にはしっかりとした見張りを付け、人々の往来にも目を光らせていた。多くの家から偵察のために勝山領へと入ってきたが、敢て往来を咎めることはせずに、国境を越えさせていた。泰国の命で『活気ある領内を見せよ』との下知が下されていたからだ。当然のこと、その者たちには監視が付いたが、泰国は彼らがもたらす情報が、良い意味で広まれることを期待していたのだ。大きな博打だと思えるが、今のところは勝負に勝っているようだ。それが攻め込んでこないことでも現れていた。

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