第8話

 お蘭と修造が城下町を出た頃、泰忠の父、泰国はたった今もたらされた報告に激怒していた。懇願されて何度も援軍として参戦した燐家の岸田家が、反勝山家の勢力に下ったという知らせだった。これは、岸田家と敵対していた根津家の家老が岸田家に最終通告を突きつけた形だった。

「勝山家に与すれば、最初に岸田家が我々の連合から狙われるだろう。我らの元に下るのならば、今までの両家の諍いは忘れてもよい」と半ば脅迫されたのだ。先代から親交のあった岸田家だが、代替わりしてからは少しづつ空気が変わっていった。それでも、無理な出兵要請にも泰国は快く引き受け、連勝を重ねていたのだ。それが反旗を翻したのである。泰国にとっては許しがたい行為である。結局は、若い新たな岸田家領主が、根津家の恫喝に屈してしまったのだ。根津家だけでも持て余していた岸田家には、連合となった敵対勢力に対抗する術がなかったのだ。

泰国の決断は早かった。もはや一刻の猶予も無いと見たのだ。そして、

「急ぎ、武将たちと泰忠も呼べ」と泰国は命令を下した。

泰忠と武将たちはすぐに泰国の前に馳せ参じた。全員がこの瞬間が来ることを予見していたのだ。

「すぐに戦の準備をいたせ。猶予はないぞ」

「はは」武将たちは一礼をしたあと、慌ただしくその場をあとにした。勝山家では有事の際に行う段取りが事細かく決められ、それぞれの武将たちに振り分けられていた。ひとたび戦の準備との下知が下れば、すぐに行動に移せるようになっていた。これも泰国の戦術の長けた才であろう。ただ一人、泰忠には役割が与えられていなかった。

「父上、わたくしはどのように」

「すまぬな。本来ならばお前の縁談も考えねばならぬ時期だが、今はこの通りじゃ、許してくれ」突然の泰国の言葉を、泰忠は予想すらしていなかった。

「何をおっしゃいます。今はそれどころではないではありませんか」婚儀の事は、泰忠も頭では理解していた。いつかは御家安泰のために身を固めなくてはならないだろう、とも覚悟はしていた。けれども、何故この大事な時にこの話がでるのかが、不思議で堪らなかった。

「恐らく……。恐らくこの混乱は長く続くであろう。機を逃した我を恨んでくれ」泰国はそう言って静かに目を閉じた。泰国のその姿は、今まで泰忠に見せたことのない、知らない父の心が垣間見えたように思えた。

「とにかく、今は戦の準備をいたしましょう」泰忠は父に対する言葉が見つからずに、話を変えようとした。これから戦が始まると言う時に、話題に出した父の気持ちが理解できずにいたからだ。

「うむ、そうじゃな。その話はまたの機会としよう。では、この先の為にも、お前には話してく」と泰国は事の成り行きを語り始めた。泰忠も独自に探らせてはいたが、知らぬこともあり、合点の行く事柄も多くあった。

「多くの家がひしめく時代だ、わしは先見の明がなかったのかも知れぬな」泰国は間者の報告から不穏な空気は感じ取っていた。けれども多少の事はと、見て見ぬふりをしていた面もあった。今となっては、それを心から悔やむしかなかった。

「いいえ、父上は立派に治めてきました」

「そうか」と泰国は力なく答えた。

「領民の顔を見たことがございますか?皆が幸せそうに暮らしております。それはひとえに父上の努力の賜物でしょう」

「ならばよいが……。泰忠、次期領主となった暁には、領民の幸せをおまえが守るのだぞ」心の底から絞り出すような泰国のこの言葉が、何故か泰忠の心を乱していた。

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