第7話

  鷹狩の歴史は古いが、勝山家辺りの国では、それほど普及はしていなかった。殆どの鷹匠は大きな家で指南役として勤めており、勝山家に招くのは困難が予想された。そこでお蘭は、奥羽や松前まで出向こうと考えた。多くの鷹の産地として有名だからだ。それならば、まだ世に出ていない鷹匠の見習いなどいるのではと考えた。ただ心配なのは、鷹の利用方法だ。趣味の狩りや害虫駆除に使うわけではない。戦での道具として使おうと言うのだ。そのような利用方法を、受け入れてくれるかが気がかりだった。正直に言えばお蘭でさえ、泰忠から聞かされた時には、そのことに幾らかの嫌悪を感じたほどだ。伝令として使っているのが知れれば、弓で射落とされることだってあるだろう。そんな鷹の心配をしたのだ。けれども戦になり、知り合いの民などが戦場に赴いた時に、彼らの命を救えるとなれば、鷹の命よりは重いだろう。そうやってお蘭は自分を納得させた。しかし、他国から迎え入れるとなれば、その人物に勝山領への親近感はない。それをどうやって首を縦に振らせるか、お蘭はその説得に頭を悩ませていた。金銭だけで済めば楽なのだが、鷹への思い入れ次第としか言えなかった。



 お蘭から話を聞かされた時、二郎衛門はすぐに答えを出せなかった。自ら危険な旅に出ると言うのだ。もろ手を挙げて賛成など出来るはずもない。けれども、自分が止めても無意味だと二郎衛門にはわかっていた。お蘭は何が何でも行くだろうと、その真剣な眼差しから読み取れたからだ。二郎衛門の故郷は、鷹匠が何人は居たとある村だった。けれども流行り病によってほとんどの村人は死に絶え、二郎衛門も村を捨てざるを得なかった。その頃、多くの地域で病が流行り、行き倒れの屍も多く見られた。ある時『病の少ない南に行こう』と急ぐ二郎衛門の耳に、小さな赤子の鳴き声が届いた。探してみると、息絶えた母親らしき屍の横で、ボロボロの布に包まれた赤子を見つけた。それがお蘭との出会いだった。病で妻と娘を亡くしていた二郎衛門には、その赤子を『見て見ぬ振り』が出来なった。結局は流れ着いた勝山家の領内で生活を始めたが、お蘭は病にもかからず元気に育っていった。お蘭が自分を本当の父親と思っているかどうかは分からない。けれども慕ってくる姿を見ると、どちらでもいいではないか。と思っていた。男手一つで育ったからだろう、女らしいことはなにも教えてやることができなかった。けれども、徳丸に対してだけは違った。時折見せる仕草が、お蘭を女として目覚めさせようとしていた。そして、自分以外に唯一信じられる男、それが徳丸であることも、二郎衛門には伝わっていた。そんな徳丸のためになると思えば、お蘭は是が非でも行動するだろう。そして長い沈黙の後、二郎衛門は黙って頷き、お蘭を抱きしめた。

「気を付けていけ。お蘭」


 

お蘭が約束の場所に着いた時、見慣れた顔の若者が小さく頭を下げた。泰忠に仕える小姓の一人で、名を修造と言った。商人のような服装に身を包み、身分を隠しているのは理解できた。既に勝山家包囲網が出来上がっているのだ、それも仕方のないことだろう。武士の姿で領地を出れば、たちどころに掴まり色々と聞かれるはずだ。それが敵対している国ならば、命の補償さえないのだ。その点を考慮すれば偽装は当然の事であり、商人と思われれば、国越えも咎められることはないかも知れない。実際に布告もなされてはいないし、大きな戦が起きてないからである。言い換えれば、今を逃せば時期はないとも思われた。そして修造は、武士の子として一通りの武芸にも嗜み、腕も確かだった。幼いころから何度か顔は合わせているし、泰忠への忠誠心も高く信用できる相手だった。お蘭はその顔を見てほっと胸をなでおろした。誰が共をするか聞かされていなかったからだ。

「お蘭殿もこれに着替えてくだされ」修造はそう言うと、風呂敷包みを差し出した。お蘭の姿はどう見ても農民そのものだったのが理由だ。農民の姿をした若い女が、国境を越えるのは容易ではないからである。お蘭は修造が用意してくれた小屋の中で、渡された服に着かえた。二人は身なりの良い商人風の服で、南に位置する港へと向かった。

「商用船に紛れ込み、いったん東へと向かいます」

まずは無事に領地を抜け出すことだ。道中、戦を行っている国もあるかも知れない。慎重に進みながらも急がなくてはならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る