幕間5

 幕間5


 「うむ。」

 自身の屋敷の自室と比べれば少々狭い部屋で目を覚ます。

 されど、その部屋は、高級な家具が並べられ、落ち着いた空間を形成していた。

 「どれ。」

 ほのかな日光が差し込む部屋の中、ベッドの上で腰を上げる。

 やわからクッションが詰められた温かみのある布団が体からずり落ちた。


 ヴルカルは、窓に近寄りカーテンを開ける。

 外は、やや薄暗いものの、日が昇り、一日の始まりを告げていた。


 トントンと遠慮がちにドアが叩かれた。

 「入り給え。」

 ヴルカルが声をかけると、ドアが開きユノースが部屋に入ってくる。

 「昨晩、お申し付けを頂いたお時間でしたので、ご連絡に参りました。」 

 ユノースは一礼をしながらヴルカルに言葉をかける。


 ヴルカルは、その言葉に礼をいいながら、着替えを持ってこさせるように指示をする。

 ユノースは、また深々と頭を下げると部屋の外に出て行く。

 すると、近くで待機をしていたのか、入れ替わりでメイドがヴルカルの服を持ってきた。


 着替えを終えたヴルカルは、機嫌がよさそうに部屋を出る。

 部屋を出たヴルカルの後を付き従う護衛のユノースは、そんな主の様子を見ながら、特段何も述べずに歩を進める。

 主が、自身に何も言わないということは、自身に発言を求めていない時であることを、ユノースはよくわかっていたのである。

 それゆえユノースは、必要な時を除き、自身の主に不要な言葉をかけないようにしていたのである。


 「時間はどうかね。」

 食堂で食後の紅茶を嗜みながら、ヴルカルはユノースに問いかける。

 「はい。移動時間を考えますと、そろそろ良いタイミングかと。」

 ユノースは、そう主に答えながら部下の一人に、表に馬車を回すように指示をした。

 ヴルカルは、そんな彼らの様子をみながら、腰を上げる。

 昨晩、大量に飲んだ酒は既に体外に出されたのか、自身の体に、特に不調はなかった。

 年々、加齢による体力の減衰を実感しているヴルカルであったが、次の日に酒が残りづらいこの体質だけは、未だに健在であった。


 表に回された馬車にユノース達、お付きの騎士達と乗り込み出発をする。

 街は昨晩の宴の疲れのためか、普段より少々活気がないように思えるものの、徐々に人が動き出している様子が見て取れた。


 馬車が止まり目的地である王宮の前に着いたことを御者が知らせてくる。

 ヴルカルは、馬車を下りるとそのまま護衛を引き連れ王宮の中に入っていった。


 案内の者に連れられて、ヴルカルは、目的の部屋についた。

 「ここから先は、ヴルカル様と、どなたかお一人でお願いいたします。」

 その言葉に従い、ヴルカルとユノースは先に歩を進めた。


 円卓を中心に置いた広々としたその部屋に入り、指定された席につき周りを見回す。

 まだ早い時間のためか、周りの席には空席が目立っていたが、それも時間の経過により徐々に埋まっていった。


 開始時間の10分前に、最後の一人が席に着くと、司会の男が鐘を鳴らし、その場にいる者達を注目を集めると口を開く。

 「お集りの皆さま、おはようございます。少々早いですが、これより臨時議会を開催させていただきます。」


 司会の男の発言が響く中、ヴルカルは改めて周囲を見回す。

 そこには、自身と同じような貴族の派閥のリーダー格の人間、軍部の将軍達、一部の王族等、錚々たる顔ぶれが揃っていた。


 「本日の議題ですが、予てより話に出ておりました、クラルス王国への第二次出兵より開始をさせて頂きます。」

 司会の男は、歯切れのよい言葉で会議を進行させていく。

 ヴルカルは、その声を聴きながら、手元の資料に目を通す。

 そこには、クラルス王国への第二次出兵への候補者の氏名が書き連なれていた。

 そのリストの上部には、聖女リリアーナの名前が記載されている。

 彼女は、既に主力の一翼として、この出兵に参加することが確定していた。

 そして、そのリストには、ヴルカルが期待している男、セレトの名前はなかった。

 元々、下級貴族の出であり、その特異な術、出生も合わさり、彼を嫌う人間は多い一方、その実力は誰もが認めていた。

 それゆえ、下手に戦功をあげられてしまわぬよう、先のルムース公国との戦いのような国の総力戦は別として、彼を使おうという声は多くなかった。

 基本、主戦場から離れたような戦地に派遣をされ、中々立身出世の機会を得ることができず燻っている男。

 それが、セレトという男であった。


 そんな男を、何とかリリアーナと同じ戦場に立たせる必要がある。

 そのことを考え、ヴルカルは、合図を出す。

 すると、軍部の将軍の一人が、挙手をし意見を述べる。

 「どうだろうか。今回の戦場にセレト卿を使うというのは。彼は、魔獣についても知識がある。このような戦場に導入する価値は十分にある男だと思うが。」

 その意見は、多くの者の様々な反響を呼んだ。

 セレトの過去の功績等を鑑み、積極的に使うべきという意見。

 その出自故、使わないことを望む意見。


 様々な意見が述べられていくのを、ヴルカルは笑みを浮かべながら見つめる。

 先程意見を述べた将軍は、表面上は古王派との繋がりもない男である。

 つまり、この議会内で自身との繋がりを気づかせずに、彼を戦場に送り込むことができる。

 ヴルカルにとって、そのことが、現在何よりも重要なことであった。


 大体の意見が出回り、採決の時間となる。

 ヴルカルは、自身の目的のための一票を投じるのであった。


 議会が全て終わり、機嫌がよさそうにヴルカルは、王宮を後にする。

 事は全て、自身が望んだように進んでいた。

 セレトに送る使者のことを考えながら、ヴルカルは、馬車に乗り込むのであった。

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