第六章「一手」

 第六章「一手」


 クラルス王国の出兵までに、リリアーナの暗殺を完遂する、

 それが、セレトの取り急ぎの行動方針となる。

 そのことを噛み締めながら、セレトは改めて自身の戦力を見直す。


 リリアーナの部隊と、自身の部隊を見比べた際、その軍配は圧倒的にリリアーナに傾くであろう。

 個々の兵の練度、将の総合的な実力、そして兵士の数。

 このどれをとっても、自軍が優っていると言えるところはなかった。

 精々、自軍の一部の将が向こうの将と渡り合えるぐらいの力を持っているだけ。


 しかし、そのような状況をひっくり返すことでしか、セレトの生き延びる道はないのも事実であった。

 それゆえセレトは、そのために出来ることを考えをまとめようとする。


 その様子を、ヴルカルの使者であるユラが、相変わらずの笑みを浮かべた顔のまま見つめながら、時折のあの特徴的な空気が漏れるような笑い声をたてる。

 「きひひひ。まあ、私はあくまで伝書鳩。ひひひ。要件は伝えさせていただきましたよ。セレト様。」

 そうして、彼女は、立ち去ろうと裏庭の門へと向かう。

 「あぁ。ご苦労だったな。君の主によろしく伝えておいてくれ。」

 そういうとセレトは、ユラにポケットに入っていた金貨を二枚ほど投げてやる。


 キン。とコインが小気味の良い音を出しながら飛んでいくと、ユラは、その二枚のコインをキャッチすると、一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑みを浮かべながら深々と頭を下げる。

 「これはこれは。私のような下賤なものにお情けを頂きありがとうございます。」

 笑みこそ浮かべているものの、笑い声は鳴りを潜めながら彼女は礼を言う。

 セレトは、そんな彼女の様子を興味なさげに見つめる。


 「では、これにて失礼をさせて頂きます。」

 そう言うと、ユラは、改めてボロを身に纏うと、あの独特の笑い声を立てながら門から出て立ち去っていく。

 そして、街中の人ごみに近づいたと思うと、すぐに人の群れの中に溶け込み、そのまま見えなくなった。


 セレトは、無礼な来訪者が立ち去ったことを確認すると、深いため息をつきながら部屋に戻る。

 自身の行動の方針は決まった。

 しかし、そのための方法を考えるため、これから頭を悩ます必要があることに疲れを感じながらセレトは、歩を進める。

 二日酔いの頭痛は、すでに収まっていたが、また別の頭痛を感じている気がした。


 ふと、セレトがユラの立場を聞き損ねたことを思いだしたのは、執務室に戻り部屋を出る時よりも増えている机の上の書類にため息をついた瞬間だった。

 あのボロをまとった姿は、仮の姿なのか、それとも彼女の本来の身分なのか。ヴルカルとは、どのような関係なのか。

 ボロの下に隠されていた、ユラの、それなりに整った顔立ちを思い出す。

 それなりに整っていたあの顔と、銀色に光った白髪は、どこかで会っていれば、きっと記憶の片隅には残るぐらいの存在感はあったものの、セレトは、彼女の存在自体を知らなかった。

 大貴族に仕え、機密性の高い伝言を任されるほど主に信頼をされていながら、未だに表舞台に出てきたことがないであろうどこか狂っていた少女の正体に思いを馳せながらセレトは、黙々と書類の確認を続けた。


 夜、食事を終え執務室に戻ったセレトの下にネーナが訪れ、グロックとアリアナに、ここに内密に来るよに伝えた旨の報告が入る。

 セレトがその報告を受けてすぐにアリアナが執務室を訪れ、それから5分ほど後に、グロックが執務室に入室する。


 「旦那。ネーナ嬢より伝言を受けたので、秘密裏にここにやってきましたが、何の用ですかい?」

 グロックは、部屋に入るなりめんどくさそうな態度で言葉をかけてくる。

 そんな彼に対し、ネーナとアリアナが、それぞれ厳しい目つきでグロックを睨むが、彼は、馬の耳に念仏といわんばかりの態度で、彼女らの視線を受け流していた。


 「そうだな。手早く始めるとしようか。」

 メンバーがそろったことを確認したセレトは、口火を開く。

 その言葉を聞き、その場にいるメンバーは、全員思い思いの姿勢のまま、目つきを鋭くする。

 少なくとも、夜分のこの時間に秘密裏で集まることが、伊達や酔狂ではないことは、各々理解はしているのである。


 「昨日、古王派の貴族である、ヴルカル様に会っていた。」

 国内最大規模の派閥である、国王派の実力者の名前を聞き、グロックは驚いた顔をし、アリアナは楽しそうな笑みを浮かべ、具体的な依頼主の名前を初めて聞いたネーナは、呆れた顔をする、

 セレトは、そんな三者三様の様子を見ながら、話を続ける。


 聖女、リリアーナの暗殺依頼。

 ユラからの伝言。

 次の派遣先がクラルス王国となる公算の高さ。

 そして、その前に聖女の暗殺を完遂したいというセレトの考え。


 話が続くにつれて、グロックは苦い顔をし、アリアナの笑みはより深くなり、ネーナは、疲れたような表情を浮かべた。

 そして、全て話が終わった際、各々、言葉を発せずに顔を見合わせる。


 その状況下で口火を切ったのはグロックであった。

 「それで旦那。リオンさんがお見えになりませんが、彼には既にお伝えしたので?」

 本気で気にしている口調ではなく、ただただ場つなぎ的に、とりあえず口に出したように、グロックは、問いかけてくる。

 セレトは、少し考え込むように溜め込むと、言葉を発する。

 「ふむ。その件だが、リオンには当面話さずにいようと考えている。彼は、父上に近すぎるからな。」

 セレトのその言葉に、グロックは曖昧に頷く。

 もとより、リオンの件については、そこまで深く考えていたわけではないようであった。

 元々、リオンはセレトにとっても、本国にいる父親に近すぎる存在ということで、必要以上な関わり合いを持たない相手であった。

 そのことは、差異こそあれど、セレトと付き合いが長い、この場にそろったメンバーは、よく知っている事であった。 


 改めての沈黙が続く中、次に口を開いたのは、アリアナであった。

 「セレト様。かの者の排除、私にお任せを下さい。必要とあれば、今すぐにでもアレにお望みに沿えるような苦しみと死を与えてみせましょう。」

 元々、自身の主と敵対していた聖女を嫌っていたアリアナは、これ幸いにと満面の笑みを浮かべて話し出す。

 同時に彼女の体から、殺気にも似たような魔力が目視をできるよう程のオーラとなって零れ出す。


 「いや、まだ動く必要はない。」

 そんな彼女をセレトは、感情をこめない声で押しとどめる。

 その言葉に合わせるように、彼女の身に纏った魔力は霧散する。

 「何か必要な動きがあれば、私から指示をする。それまで独断専行で動き回るなよ。」

 そして、不服そうな顔を浮かべるアリアナにくぎを刺す。

 彼女のセレトに対する忠誠心は本物であったが、同時にそれゆえに暴走しがちな危うさも兼ね備えていることを、セレトはよく理解していた。


 「ところで、旦那。聖女が昨晩暗殺者に襲われたのはご存知で?」

 そんな二人のやり取りを見ていたグロックが、タイミングを見計らい声をかけてくる。

 「暗殺?いや、それは知らないな。」

 セレトは怪訝な顔をして、言葉を返す。

 「どうも昨晩、城の宴の後に街をうろついていた聖女を襲ったアサシンがいるらしいですぜ。ただ、暗殺者は聖女があっけなく返り討ちにしたようですが。所属、正体は不明で、現在軍人や、聖女様の生家のやつらが色々と調査をしている模様ですがね。まあ特に成果は上がってないようですな。」

 グロックの情報は、セレトにとって初耳の話であった。

 「ふむ。今回の話と直接の関係は、ないかもしれないが、抑えておいた方がよさそうだな。ほかに情報はないのか?」

 セレトは、グロックに言葉を促す。

 グロックは肩をすくめながら言葉を返す。

 「さあ?今言った以上の情報は、そこまで入ってないですね。精々、その暗殺者が顔面を潰していたとかいう情報ぐらいですかね。」

 顔面を潰した暗殺者(アサシン)。

 その言葉を頭に入れながら、セレトはグロックの情報に礼を言う。


 実際、暗殺者で顔を潰している人間は多い。

 暗殺という言葉が示すように、彼らの所業は表に出せない、秘密裏に行われる必要がある仕事だ。

 それゆえに、万が一の任務失敗の際に、自身と繋がりを辿られ、依頼人、自身が所属する組織等の情報が外に漏れないようにするため、自身の最も情報を多くの情報を提供するであろう顔を潰し、過去とのつながりを経った状態で仕事に臨むものは多い。

 もっとも、そのような暗殺者を雇える人間は、限られている。

 一つは、彼らに支払われる莫大な報酬を賄えること。

 同時に、秘密裏に存在するこれらの組織と何らかの方法でコンタクトが取れる伝手を持つ、組織が信頼できる客とみなすような一定以上の地位を持つ者。

 特に組織との伝手については、そこいらの下位の貴族程度の立場では、得ること自体が難しく、特に聖女の暗殺のような仕事を引き受けるような一流の組織となれば、よっぽどのコネがない限り、接触自体が難しいのが現実であった。


 これらを勘案し、セレトは再度考慮する。

 ヴルカル以外にも、聖女を嫌う勢力がいること自体は、驚きはしない。

 一定以上の力と地位を持つ人間が、必ず誰かの不利益によって利益を得ている物である以上、その両者の間で衝突が起こることは至極当然のことであった。


 「少し宜しいでしょうか?」

 考え込んでいるセレトに対し、ネーナが急に言葉をかけてくる。

 セレトは、慌てて取り繕いながら、ネーナの方を見る。


 「我々がクラルス王国に出兵をされる前に依頼を完遂したとのことでしたが、セレト様の方で、何か作戦はあるのですか?」

 ネーナは、淡々と、されど強い言葉で話しかけてくる。

 その言葉を受け、グロックも慌てたように言葉を続ける。

 「いや、ネーナ嬢の言う通りですな。もし万が一戦場での暗殺ということになると、最悪我々は、あのやっかいなクラルスの山々で寡兵にて戦いを行う必要が出てしまう。いや、場合によっては、聖女軍が敵に回り四面楚歌の状態で戦い抜くことになってしまう。その前に決着をつけられるなら、そのタイミングで決着をつけたほうがいい。」

 傭兵として様々な戦場に赴いたグロックとしても、出来ることなら戦場に政治を持ち込まずに安全にけりをつけてほしいのであろう。

 「身勝手な理論で主の行動を縛ろうとは、なんと無礼な。」

 一人アリアナは、グロックの言葉に不快感を示す。

 もっともグロックは、アリアナの言葉等、聞き流しているようであったが。


 そんな一同の様子を見ながら、セレトは笑いながら言葉を紡ぐ。

 「三日後の舞踏会の日に動く。」

 その言葉に部屋にいる者達は、驚いた顔を一様に浮かべる。


 三日後、確かに王宮の主催で舞踏会が催される予定はあった。

 もちろん、そこには聖女が参加するという話も入ってきている。

 しかしそれは、多数の貴族達が参加する国を挙げての行事。

 そのような中で、下手に動くことは、自身の破滅にも繋がりかねないリスクの高い行動に思えた。


 「本気ですか。」

 疲れが溢れたような顔で、心配そうに聞いてくるネーナ。

 「確かにそのタイミングであれば、次の戦争にも響かない形で動けるかと思いますが。」

 怪訝そうな顔で、主の考えを読もうとするグロック。

 「私は、どのような形で動けばよろしいでしょうか。」

 主の命令に充実にあろうとしつつ、一抹の不安があるのか、震えが声に出ているアリアナ。


 そんな彼らの様子を見渡しながら、セレトは、応える。

 「やるしかないさ。」

 いつも通りの気負いをせず、どこか気怠そうな口調。

 不安を隠せない部下達の様子を尻目に、セレトは、彼らに仕込みのための指示を出していく。


 急ごしらえの計画であるのは、確かであった。

 それでも、やれる手は、可能な限り打っておきたかった。


 セレトの表情には不安の色はなかった。

 しかし、その心のうちには、どす黒い感情が渦巻き、セレトを急かし続けていた。


 第七章へ続く

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