幕間4
幕間4
街中の安酒場の店主、ビルは、昨晩のどんちゃん騒ぎの後片付けをしながら、もう一度昨晩のことを思い出し、物思いにふける。
「おい、さぼるんじゃないよ。ちゃっちゃっと身体を動かしな!」
しかし、その思考は、背中からかけられた、妻の覇気のある声で中断をされた。
ビルは、ぶつぶつ文句を言いながらも店の片づけを再開する。
昨晩、国を挙げての祝いで、この店にも多数の客が訪れ、飲み騒ぎ続けた。
工業エリアに隣接する、どちらかというと仕事帰りに2,3杯の酒を、ちびりちびりと飲むような低所得の労働者達が主な客層のビルの店も、昨晩は普段の様子が嘘のような賑わいを見せていた。
そんな宴は、朝方まで続き、その結果、店は散らかりきったまま昼時を迎え、今は急ぎ夜の営業に間に合わすために後片付けに追われることとなったのである。
割れたビンを片付けながら、ビルは、もう一度昨日の客を思い出す。
夜も遅い時間、盛り上がりきった飲み屋にフラりと立ち寄った一人の男。
少々酒に酔ったその男は、この場では似つかわしくない身なりの良さ出席に着くと、ビルにエールを注文する。
注文に応えたビルは、酒を注ぎ男の席の前においてやる。
男は礼を言うと、酒の代金とチップとして十分すぎる額の金貨を数枚ビルに握らせると、酒を一気に呷った。
ピカピカに光った金貨。
その輝きに魅せられたように裏に戻ると、彼の妻が奥に来るように手招きをしてくる。
訝し気にそちらの方に行くと、妻は、部屋の奥に向かい、周りに誰もいないことを確認する。
「あんた。あのお貴族様をうまく乗せて金を落とさせな。」
態々仰々しく話しかけてくる割には、拍子抜けするような話を彼女は話してくる。
ビルは呆れたように、肩をすくめ、そのまま店に戻ることにした。
妻は、旦那の態度に不満があったようだが、来客の多さから多忙を極めている中、無駄な争いはできないと考えたのか、何も言わずに後からついてきた。
店に戻ると、貴族はエールを空にし、退屈そうな目をしていた。
ビルは、慌ててエール(普段の貧乏人たちに出している水に薄めたものではない、ちゃんとしたエール)を、杯に入れると貴族の目の前に置く。
貴族は、感謝の意を示すと懐から適当に小銭を渡してきた。
先程より額は少ないが、それでもエール一杯に対しては、十分の額であった。
「いや、旦那様いい飲みっぷりですな。ほかに必要なものがあれば何なりとお申し付けください。」
ビルは、上客にわざとらしいほどのおべっか使い様子を見る。
妻に言われるまでもなく、彼も、この貴族からもらえるものをもらって置きたい気持ちがあった。
貴族は、それに笑いながら応えると、財布から数枚ほど金貨を出し、ビルに渡した。
「こいつで、この店にいる人達にご馳走をしてやってくれ。」
貴族は、へらへら笑いながら太っ腹なことを話す。
それを聞きつけた周りの客たちは、わっと盛り上がり、貴族をもてはやす。
貴族は、笑いながらそれらの言葉に応え、新しいエールにむさぼりつく。
ビルは、もらったお金を懐に入れながら、慌てて酒とつまみの準備を始める。
先程までもらったお金と、今もらった金貨を合わせれば、この後、どんなに馬鹿騒ぎをしようとも、もう十分に採算は取れていた。
途中、妻がもっとお金をむしるよう暗に仄めかしてきたが、それをはねのけ、ビルは酒場の切り盛りに全力を注ぐ。
身をわきまえぬ欲は、自身を滅ぼすだけであることを、彼は良く知っていたのである。
しばらく馬鹿騒ぎが続き、気が付くと貴族は、店からいなくなっていた。
先程まで店にいた貴族が、急に店から消えたことに、ビルは驚きながら、急ぎ店の外に出る。
上客相手に、せめてお礼位は言っておきたかったのである。
店の外に出ると、人ごみの奥に、先ほどの貴族らしい男がいるのが見えた。
どうやら、誰かが肩を貸している様子が見えた。
人ごみをかき分け、先ほどの貴族に追いつくと、ビルは、そのまま声をかける。
「旦那。今日は、ありがとうございました。」
件の旦那は、こちらをちらっと見ると、手を振り、謝意を示す。
フードを深くかぶった男に体を預け、ふらふらとなっていた。
大分酒が入り、体調が悪そうに見えたその貴族に、大丈夫かと声をかけようとし近づいた瞬間、貴族の隣のフードの男が割って入り、ビルの進行を阻んだ。
びっくりとしたビルに対し、隣の男は、身振りで助けはいらないことを示し、そのまま貴族の男を連れて立ち去って行った。
しかし、ビルは、何か声をかけようとし、もう一歩近づいた。
するとその瞬間、フードの男とがこちらに顔を向け、ビルの顔を見つめてきた。
瞬間、ビルは、そのフード奥の顔をしっかりと見てしまった。
気が付くと、ビルは、道の往来にあおむけに倒れていた。
心配そうにしている通行人に介抱をされながら周りを見渡すと、すでにあの貴族も、フードの男も見当たらなかった。
特段、身体の不調はないことを確認すると、ビルは周りに礼を言い、店にも戻り接客を再開した。
こうして今、ビルは、店の掃除に駆り出されている。
あの晩のことが夢じゃないのは、今手元にある大量の金貨のおかげで確認はできた。
しかし、ビルは、あのフードの奥に見えた、明らかに人ならざる者の顔を信じることができなかった。
それは、犬のように突き出た口と、赤く光った目、顔じゅうに大量に生えていた小さな角と、紫色の肌。
見た瞬間に、急に気分が悪くなった、明らかに化け物の表情をしていたあのフードの中身は何だったんだろうか。
「何だい。まだ全然終わってないじゃないか。」
妻が後ろから小言を言ってくる。
それを聞き流しながら、ビルは店の掃除を続ける。
「そういえば、昨日貴族様、セレト様とかいう名前をしているらしいよ。」
突然、妻がビルに話しかけてくる。
「ほう、どこで聞いたんだ。」
ビルは、気のない感じで返事をする。
「いや、客の一人の兵隊さんが知っていたんだよ。なんでも変わり者の貴族だそうで、その兵隊さんは、あまり好きじゃなさそうな感じだったわね。」
ビルは、その話を適当に聞き流す。
しかし、そんなビルの様子を知ってか知らないでか、妻は言葉を続ける。
「ねぇあんた。名前も分かったんだし、うまくあのお貴族様にお近づきになれないもんかね?昨日の収入が毎日続いたら、私たち大金持ちになれるわよ。」
その瞬間、ビルは、大きく拒否反応を示す。
「お前、それはいけない。今度見かけても、穏便に帰ってもらう方法を考えておくべきだよ。」
急なビルの変わりように妻は驚いた顔を見せたが、そうかい。と鼻をならすと、そのまま店の奥に引っ込んでいった。
恐らく、あの貴族は、昨日は偶々いらしだけであろう。
だから、恐らくもう二度とは、こちらの店に来る可能性はないように思えた。
それでもビルは、ふと昨日出会った貴族の隣にいた生き物を思い返し、身体を震えさせた。
あんな化け物と、二度と出会いたくない。
昨日の金貨は、確かに魅力的であったが、それよりも毎日働いて、こつこつお金を稼いだ方が100倍マシだ。
そう考えながら、ビルは、店の片づけを続けた。
外では、日が沈みつつあった。
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