第21話


俺はここ数ヶ月の間意外と平穏な日々が続いた、オーガ討伐の件も最初こそうるさく周りに話しかけられたが素っ気ない対応を続けるうちにすぐに落ち着いた。


授業にも比較的真面目に取り組んだおかげで教師に目をつけられるようなこともなくなった、気がつけば俺はクラスメイトの名前もほとんど知らない状態であった、たまに話しかけてくるのはウィルかその従者のルークだけで、俺と学校でまともに会話をするのはミハイだけだった。


ウィルはどうにも俺が気になるようで隙あらば俺に話しかけてくるがそれをルークが制するといった流れを何度見たことか、クラスの貴族生徒はどうにかウィルと繋がりを持とうと必死に話しかけている現状、王子に話しかけられている俺は余り良く思われていないようで結構敵対的な視線や態度を受けることが多くなってきた。


全くため息が止まらない、俺としては勝手にやっててほしいものだが周りはどうにもそう行かないらしい。授業終わりに荷物をまとめて家に帰ろうとしているところでついに俺は背の高い生徒に絡まれれることになった。


相手方の意見としては王族の友人として平民の俺はそぐわないという理由で俺に突っかかってきた、「至極まっとうだ、代わりに名のある貴族のアンタに任せる。」と言って俺は帰ろうとしたのだがまだ要件は終わらないらしい。


「お前のような平民如きにどうして付き人がいるんだぁ?」


背の高い生徒は青筋を立て背を向けた俺の肩をぐっと引き寄せるとミハイを指さしそう言った。


「私はケイ様の従者でケイ様は私の主です、貴方に経緯や理由を説明する義務はありませんので。」


ミハイはそれだけ言うと軽く指を動かし風魔法で生徒の腕を俺の肩から引き離した。俺もミハイも既に生徒に興味はない、というか最初から全くなかったというのが正しいか、背を向け再び歩き出す。


「お前従者の分際でッ!」


生徒は後ろから大ぶりの拳を振り下ろしてくるが俺は構わず歩き続ける、生徒の拳はミハイの頬を捉えミハイを吹き飛ばす、かなりの威力があることを見るに身体強化系の魔法を使ったのだろう、ミハイの身体は吹き飛び砂煙を上げながら転がっていく。


「女があんまり粋がるんじゃ――なっ?!」


生徒は得意げな顔をしながら肩を回していたがその動きがピタリと止む。砂煙の中にミハイはおらず当の本人は羽を硬質化させたものの先端を生徒の首元に突き立てていた、先端がプッと刺さり極々少量ではあるが血の滴が垂れる。


「たかだか人間の分際で…殺すぞ。」


「ミハイそこまでにしてやれ、帰るぞ。」


俺に言われるとミハイは生徒の首元から羽を引く、生徒は腰が抜けてしまったようでそこに座り込んでしまう。身体を震わせ口はガチガチと歯音がたっていた。


「悪いな、躾が十分じゃ無かったみたいだ、気の利くことは出来ない従者だが…代わりの肌着くらいなら持ってこさせることは出来るが?」


俺は股下を濡らした様子を見てそう言うと、生徒は気づいていなかったのかハッとズボンを見るとその場から脱兎のごとく逃げ出した。



翌日学校に行くといつもは騒がしい教室がやけに静かだった、俺はこれ幸いと読書をしようと読みかけの本を開こうとするものの邪魔が入る。


「やあケイ。」


「おはようございますウィル様。」


俺は邪魔された腹立たしさをなんとか押し殺しウィルに挨拶を返す。


「どうにも君は騒ぎを起こさずにはいられないらしいじゃ無いか?」


「…騒ぎというと?」


「ケイお前昨日のことをもう忘れたのか?!」


ややヒステリー気味にウィルの従者であるルークが割って話しかけてくる。


「昨日?あぁ…あれか、もしかしてまずかったかな?」


「まずいなんてもんじゃない!相手はプライス家の、貴族の息子だぞ!」


「プライス家?」


「王都の武器防具の商売店はだいたいプライス家がその元締めをしているんだ!だから貴族といっても影響力は並の貴族ではないんだぞ!」


ルークが息を荒げ事の重大さを嘆くが俺にはいまいちピンと来ない。


「別に俺は武器も防具も自前だし…特にコレと言って不便は無いんだが――」


「馬鹿かお前!それだけ権力を持っていると言うことだ、王都では権力がものを言うんだお前には分からないだろうがここでは貴族の力は大きな川の流れようなもので影響を受けない者はいない!それこそお前は王都の一学生じゃないか!!」


「あぁそう、詳しい話はミハイにでも伝えといてくれ、俺本読みたいから静かにしてくれないか?」


熱弁するルークを余所に俺は再び本を取り出す、ルークは相当頭に血が上っているようでいまにも噛みついてきそうだ。


「いやケイ…どうやらそうも行かないみたいだよ?」


相変わらず余裕の表情を崩さずウィルはそう言うと教室の端にある入り口を顎で指す、そこには昨日の生徒が首に大げさに包帯を巻き、取り巻き数人と立っていた。


「1年のケイってヤツはいるか?!」


リーダー格らしき筋骨隆々とした男子生徒が声を上げる、出て行きたくは無かったがこういう輩は諦めが悪いと相場が決まっているものだ、俺が名乗りを上げなければ虱潰しに聞いて回るだけだろう。


「俺になにか用でも?」


「おめぇか!弟が世話になったみたいなんで是非とも礼をしなくちゃあと思ってな!」


内容から察するにプライス家の兄に弟が泣きついたと言ったところか、プライス兄がぐっと胸元を掴み寄せられ俺はつま先立ちになる、そのまま拳を俺の顔めがけて振り下ろしてきたので俺は逆に額で拳に頭突きをかましてやった。


「クッ…ここじゃなんだ場所を変えるぞ。」


掴んだ手を離すと取り巻きが俺を取り囲み逃げられないように退路を塞がれた、そのまま教室から出て校舎裏に連れてこられた。わりかし頭突きが効いたらしく右拳は赤く腫れていた。


「で、謝ってほしいなら謝るけど?」


「お前馬鹿か、自分の状況分かってんのか?」


「馬鹿はお前だろ、一平民に恥じかかされた上にその恥を上塗りしに来たんだからな?」


「ハハハ!いつまでその余裕が持つかなぁ?残念ながらミハイとか言ったか?あの従者は別のヤツに足止めさせてる、お前は一人だ!」


どうやらミハイの強さは理解したようだが俺はさして強くないと考えたようだ、本来は従者に戦闘面を任せて自身はさして戦場に身を置かないと言うことは貴族では珍しくはないのでそう言った発想に至ったのもわからなくもない。


「この馬鹿が二度と生意気な口きけないようにしてやれ!」


プライス家の弟の方が大声でそう叫ぶと取り巻きが一斉に攻撃してくるが俺の敵ではない、レベル30の俺の敵にはどうあがいたところでなり得ない。

10代であればレベルは良くて3か4高いヤツでも10は流石にいない、そんな相手はいくら数がいても問題にならない。


「なっ…?!」


「嘘…だろ?」


取り巻きの連中は口々に俺の耐久力の高さに驚いていた、全身にゆったりと魔力を纏わせていれば大抵の攻撃はダメージとして俺に通る事はない。


「満足したか?」


「ふざけるな!」


幾人かは魔法をこちらに打ち出してくる、普通に受けても傷一つつかないだろうが服は服で燃える、俺は薄くドーム状に血でバリアを張ると溶けるように魔法は消失していく。取り巻きとプライス兄弟は絶句して口と目を開けたり開いたりしている様が間抜けで笑えた。


「気は済んだな、じゃこっちの番だ。」


全身に魔力を循環させ指先から出血させると十本のリボンのような血がシュルシュルと辺りに漂う、先端を硬質化させ血を高速で循環させることで一時的にかなりの切断力を持つ武器になる。そのまま文字通りの血の包囲網を徐々に縮めていくが俺は当たる寸前で魔法を解除する、空中で魔法を解かれた血がバシャリと音を立てて地面に落ちる。


「そこまで!生徒会よ!」


俺が魔法を止め少しすると後ろから声がかかる、振り向くと鮮やかな赤髪を後ろで一つ結びにした女が立っていた。服装を見るに上級クラスの生徒らしいが腕章をはめておりそこには生徒会と書かれていた。


うわなんかまた面倒くさい事になったかも知れないと俺は眉間に皺を寄せるのであった。

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