第20話


俺は朝のホームルーム前に教室を飛び出していた、廊下を駆け抜け魔動式の昇降機に乗り込む、全ては表彰辞退への直訴の為であった。


このまま俺への賞状授与式が行われれば最悪俺のレベルが明るみに出る、それは現状直接的な不利益こそないものの俺の行動に枷がかかる可能性がある、いらぬ注目は不要な詮索とひいては懐疑心をも招きかねない、極力目立つべきでは無いのだ。


普段学生が来ることのほとんど無い棟の職員室前に到着する、俺は軽くノックをして待つと見覚えのある教師が出てくる。


「ケイ君じゃないか!昨日はお陰で助かったよ。」


出てきたのは俺が昨日助けたマーシャル先生だった。


「元気そうで何よりです、俺の表彰の件って本当ですか?」


「勿論だともそんなに焦らずとも今日の全校朝礼で式があるはずだよ、なにせ僕が校長先生に提案したんだからね!」


マーシャル先生は誇らしげにそう言う、俺にとっては有り難迷惑以外の何でも無い。


「その件なんですが辞退させて頂きます。」


「うんうん辞退ね……へっ?」


「じゃあ今日の式も無しってことで一つお願いします、それじゃ。」


俺は再び昇降機に向かうがそうはいかぬと後ろから声がかかる。


「ちょっちょっと!どういうことだい?そもそももう校長先生に話が通ってるから辞退は無理だよ!」


「それじゃ校長先生と話をしてきます。」


俺はマーシャル先生の制止を振り切り職員室に入る、数人担当クラスを持っていない教師が居たが特に気にしていないようで俺は校長室と書かれた扉の前まですんなりと行くことが出来た。


「お前は誰だ?この先は校長室だってことはうちの生徒なら知ってるよな?」


扉に手をかけようとしたところで声がかかる、筋肉質な教師で実践系授業の教員かと思ったが首から下がった職員証を見るに教頭らしい。遅れて後ろからついてきたマーシャル先生はこめかみに手を当て視線を逸らしている。


「1年上級クラスのケイと申します、今日の表彰の件で校長先生から話があるとお呼び立て頂いたので来た、という次第であります。」


「そうかそうか、そういうことなら呼び止めてすまなかったな。」


教頭は快活に笑うと通してくれた、マーシャルは顔色をもう一段悪くした。


俺はノックをして中に入る、マーシャル先生も慌てて中に入る。奥には胸まで伸びた白いひげを蓄えた老人が座って居た。俺はこいつにあったことがある、入学式で校長として挨拶をしていた名前は確かアプダイク・ガオナンだったはずだ。


「失礼します。」


「ケイ君!流石に拙いよ!」


「よいよい楽にすると良いじゃろうて。」


マーシャル先生が俺を諫めるが、ガオナン校長はそう言って笑う。


「1年上級クラスの――」


「ケイじゃろう?表彰辞退の件も聞いておったよ耳は良くての。ただ辞退の理由が聞いてみたいのじゃが?」


ガオナン校長は長いひげを撫でながら柔らかく微笑している。なんだか見透かされているようで非常に居心地が悪い。


「…オーガ討伐はなにも俺一人の力ではありません、亡くなった二人の教師にこそ名誉は与えられるべきだと自分は考えたからです。」


「ほぅ…。」


興味深そうに眉を上げると校長は俺に続きを促してくる。


「言わば俺は運が良かっただけです、俺の従者の助力もありましたし…。」


「なるほどのぉ…まぁそこまで言うのであれば、君への賞賛と名誉は亡くなった二人のものへと変えさせて貰おうかの。ただここまで話が大きくなったことも事実じゃ、全く無しというわけにもいかんじゃろうて?」


「…その分に関してはありがたく受け取らせて頂きます。」


「よろしい戻って良いぞ。」


ガオナン校長に促され俺とマーシャル先生は校長室を後にする、校長から声がかかったのはマーシャル先生が部屋を出て俺も後に続こうとしたときだった。


「ケイ、お主の従者…確かミハイとか言ってたかの?」


「はい?そうですが…」


俺が顔だけ振り返りガオナン校長を見る。校長は特にコレと言った表情もなく髭を触りながら言葉を続けた。


「アレは魔物じゃろう?」


ガオナン校長は表情を一変させニヤリとこちらに笑いかける、ミハイの人化はスキルによるもので俺ほどの完成度ではないため分かるヤツは分かるのだ、それは想定していた、しかしここで俺に揺さぶりをかけてくるとは思わなかった。


「えぇそうですよ数年前にテイムしましてね。テイムされてるなら学校に連れてきても問題ないと思ったんですが?」


俺は身体ごと向き直り表情を変えること無くそう言う、腹芸は得意では無いが四の五の言ってる暇はなさそうだ。


「そうじゃな、かなり珍しいタイプの魔物じゃったから気になっただけじゃよ。」


「そうですか、それではホームルームもありますので失礼させてーー」


「まぁそう急くでない、お主が亜人なのは分かっておるよ。」


亜人というワードに俺は身体をピクリと反応させる、亜人とは大まかなくくりで魔族以下魔物以上の人間との乖離を種族的に有する者達に称されるものでドワーフやエルフ、獣人などもまとめて一括りにされる事が多い。


「思うに魔族とのハーフ…いやクォーターと言ったところかの?」


これは使える…かも知れない…。俺は脳内で即興の嘘を作り出す。


「やはり…バレてましたか…お察しの通り俺は亜人です、ですが訂正があるとすれば私は魔物の…吸血鬼の血筋を引いています、ですがそれもかなり希薄なもので…言うなればワンエイスですかね?」


「なるほど8分の1吸血鬼の血を引いているわけじゃな…それならばマーシャルを救った血を操る魔法にも、あの従者にも合点がいくのぉ…」


「俺の血統に不満はありません…しかし亜人への奇異の視線が未だあるのもまた事実です。」


「それ故目立ちたくは無い…と?」


俺は軽く顔を伏せ同意の意を伝える。


「そうか…踏み込んだ事を聞いてすまなかったの…我が学校の門は本来万人に開かれておるものだ、しかし理想は未だ遠い…不便があれば遠慮なく言ってくれんかの。」


校長は慈愛の表情を浮かべ語りかけてくる、俺は軽く俯きながらも首を縦に振り校長室を出た。


全校での式は殉死した2名の教師の追悼を行い、俺個人への表彰は個人的なもので別の機会に渡された。


これからはもう少し慎重に動かねばと思わされた1日であった。

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