人たるべく

第19話

「…な、なに…を…している、早く…君…たちも…逃げるんだ…。」

息も絶え絶えな様子で男の教師はこちらに声をかけてくる、横っ腹を棍棒で殴られたのだおそらく以前の俺同様内臓はグチャグチャだろう、外傷も酷く身体の至る所から出血している。それ故俺はてっきり死んだものと思っていたがどうやら生き残った一人は治癒持ちらしく自身に魔法をかけてギリギリ生きていたらしい。茶髪の若い教師は指先に小さな光弾を作るとオーガに向かって発射した、光弾は非常にノロノロとオーガに向かって飛び着弾したが特に有効打にはなり得なかった、しかしオーガの気を引くことには成功した。

オーガは標的をその教師に切り替えたらしく、俺たちから向き直るとのっしのっしと教員に歩み寄り棍棒を振りかぶった。俺は教員が囮になったという事実に驚き立ち尽くしてしまっていた。

「何故…？自分を囮に…どうして？」

オーガの棍棒が振り下ろされるとくぐもった音とともに砂煙が巻き起こる。

「それは本人に聞くのが一番早いかと…。」

砂煙の中からミハイの声が聞こえる、ミハイは教師を跨ぐようにかがみ込んでクロスさせた腕で棍棒を防いでいた。腕の所々に硬質化さえた羽を纏いどうやらそこまでダメージは受けなかったようだ。

「それもそうだな…仕事を増やしてすまないミハイ、驚いて腰が抜けていたのかも知れない咄嗟に動けなかったよ。」

「これしきのこと仕事のうちには入りませんのでお気になさらず。」

ミハイは勢いよく立ち上がり棍棒を押し返すとオーガの身体は軽く宙に浮く、ふわりと俺に向かって後ろ向きに飛んできたオーガの後頭部に拳をたたき込むと甲高い破裂音を出してオーガの首から上が血煙に変わる。

「なっ…君…たち――」

「喋らないほうが良いですよ先生。」

俺は教師の言葉を遮ると身体に手を当て魔法を循環させる、徐々に教師の血液と魔法が馴染んできたので出血を止めるべくいったん外に出る血液の流れを止める。

「先生は治癒の魔法が使えますね？とりあえず出血は俺がどうにかするので自身の重傷箇所を治すことに注力してください。ミハイ！そこら辺に転がってる死体を持ってきてくれ。」

教師は仰向けのまま軽く首を縦に振ると、自身に淡い光を纏わせ始めるそれに併せて俺はミハイの持ってきた上下の千切れた死体から血を抜くと教員に流し込んだ。

10分ほど経っただろうか、傷はまだ酷いが教師は横になったまま喋り始める。

「き、君たちは一体何者なんだ？」

「ただの生徒とその付き人ですよ、それより話せるようなら俺からも聞きたいことがあります、何故俺たちを助けようとしたんですか？」

「何故って…当たり前だろう？私は弱いがこれでも教員の端くれだし君たちは今自分で言った通り生徒だ、生徒を保護するのが教師の役目だよ。」

「自分を犠牲にしても…ですか？」

「勿論だとも、それが人間（ひと）として当たり前の行為なんじゃないかと私は思ってる。…と格好をつけたところで君たちに助けは必要なかったみたいだね、よっぽど私の方が助けられてしまったよ。」

「人間（ひと）として…。」

教師は声を上げて苦笑するが痛みで咳き込む、俺はこの教師の言葉が酷く刺さった、自分は何なのか、人間として当たり前、いきなり考えることが多くなり思わず魔法の循環を解除しそうになる。

学園から救助隊が来たのはそれから30分後だった、緊急の事態ということもあり午後の授業は無くなり俺たちはそのまま帰宅した。

※

家に帰ってからもずっと教師の言葉は俺の頭の中をグルグル回っていた、己の犠牲を厭わぬ最上級の奉仕それが人間には当然の機能として備わっている。あの教師はそう言ってのけたのだ、ただ口で言うならそんな美辞麗句は誰にでもたやすく言えるがあの弱者は自身の生命の窮地にあってその精神性を行動を持って俺たちに見せた。

残酷なまでの利己的さというものが人間の持ち味だと俺は今の今まで勘違いしていた、ただそんなヤツもいればあの教師のような恐るべきお人好しの馬鹿もいるのだ。そんな簡単なこと分かっていると自分では思っていたが、知識として知っていることと実際の体験はここまで違うものなのかと俺は驚愕していた。

あの教師に息があると分かった瞬間俺は死ぬまで身を潜めるか、自分の手で殺すかの二択しか考えていなかった、他二人の教師のように死ねば物言わぬ物質になるのだから楽で良いと考えていた、そうするつもりだったのだが実際俺の実力がバレた上で生還の手助けまでしてしまった訳だ。

何故自分でそうしたのかはっきりとは分からないが端的に言えば嬉しかったのだと思う、俺の思うほど人間は冷酷ではなく、また俺の思う以上に愚かなヤツもいるのだと知れたことが。そう言った人間も悪くないなと俺は思ってしまったのだろう。

「殺さなくて…良かったのかも知れないな…。」

「えぇケイ様の先ほどからの表情を見るに私もそう思います。」

「そうか…、…そんな顔に出てた俺？」

「年相応の楽しそうな少年の顔でしたよ。」

俺はわざとらしく咳き込むと眉間に皺を寄せ表情を作った。

翌日登校するとウィルに話しかけられた。

「ケイ！聞いたよ、オーガを倒してしかも教師まで助けたんだって？」

「ウィル様…何故それを？」

「なんだ当の本人が知らないのかい？他でもない君が助けたマーシャル先生の強い要望で君に賞状をって話で学校は持ちきりだよ。」

やっぱり殺しておくべきだったかも知れない…俺はそう思わざるを得なかった。