第18話


俺は指先から出る血をクルクルと回して遊んでいた、一見すると朱色のリボンにも見えなくも無いそれは液体としての可変性と鉄分を凝固させることによる強靱な硬度を孕んだ武器にも成った。咥えた煙草の先端を切り落とし地面に落ちる前に血に戻して鎮火させる。


「これは…なかなか応用が利きそうだな…。」


俺は指先から出る血をシュッと引っ込める、これが大規模に上手く出来れば応急処置にも使えるかも知れない。俺は新たに芽生えた自身の可能性に思わずにやりとする。


「お取り込み中すみません、是非とも聞いて頂きたいお話が。」


ミハイが夜食を運びながら話しかけてくる、俺は皿を一瞥し今日は焼き魚とパンかと思いながらもミハイに承諾の返事を返す。


「先日制服と一緒に送られてきた魔法学校からの資料に上級クラスから付き人をつけることが可能と書かれていまして…ケイ様さえよろしければ是非私を付き人として学校に連れて行ってもらいたいのです。」


「前も言ったが魔法も使えるミハイが行っても学べることは少ないと思うが?」


「いえ、私はただケイ様のお側に居られればそれだけで…決してケイ様の邪魔はいたしませんのでどうか。」


「そういうことなら俺は別に構わないぞ、一応学園側に聞いてみてからにはなるけど、まぁ書かれている以上は問題ないと思う。」


「感謝の極みでございます。」


ミハイは深く頭を下げると再び夕食の準備に戻った、その足取りはどこか普段のものより軽やかに感じたのは多分気のせいだろう。


学校側からも許可が下りたので俺はミハイを伴って登校した、平民が付き人を連れているというだけで結構目立つのに合わせてミハイはかなりの美人でしかも身長がデカい、嫌というほどの視線を浴びたことで俺はミハイの申し出を断るんだったかも知れないと心の隅で思った。


相変わらずの退屈な講義を乗り越え魔法の実践は未だ見学が続いた。

昼休憩になると俺は逃げるように食堂へと駆け込んだ、適当に二人分の定食を受け取ると席に着いた。


「どうだったここの授業は?」


「端的に言えば酷いの一言ですね、このレベルの王立の教育機関で血税が使われていると知ればクーデターが起きかねませんね、それに…」


ミハイは定食を一口食べると風魔法でトレイごとゴミ箱にぶち込んだ。


「家畜の餌かそれ以下ですねコレは、今度から私がお作りして持ってくるのでよろしいでしょうか?」


「あぁ頼む、あとものはついでだ俺のも捨てといてくれ。」


「御意に。」


ゴミ箱にもう一つゴミが増える音が聞こえる。


「残念ながら午後もまだ退屈な授業は続く、ストレス解消と腹ごしらえも兼ねて魔物でも狩りに行くか。」


「はい。」



授業でも実践で使われる学園近くの森に来ていた、腹八分くらいの狩りと食事を済ませると俺たちは食休みをした。


「そういえばケイ様のその身体魔法と呼ばれるものは他者の血にも適用されるのでしょうか?」


「確かに…試したこと無かったな…。」


俺は魔物の死骸に向けて魔力操作をするが一切反応は無い、試しに直接死骸に触れてみると鈍重ではあったが徐々に魔力を順化させることが出来た。

ある程度魔力を流すと自分の血液のように操ることが出来た。


「出来ないことも無い…ただ効率は良くないみたいだな…。」


「なるほど。」


俺たちが仲睦まじく魔力研究ごっこをしていると遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「人のものですそれも一人じゃなそうですね、帰りますか?」


「んー様子見だけしておくか。」


俺たちは立ち上がると悲鳴の聞こえた方向へとゆっくり歩き始めた、すると数分もしないうちに魔法学校の生徒たち数人がこちらへと死に物狂いで逃げて来るのが見えた。制服を見るに下級クラスの生徒らしく皆一様に恐怖で一杯の表情をしていた。


「どうしたんだ?」


「お、オーガだ!オーガが出やがったんだ!今先生たちが時間を稼いでる!お前らも早く逃げろ!」


それだけ言うとバタバタと逃走を再開した。


「オーガねえ…」


「何か思うところがあるのですか?」


「いやさ、俺が初めて殺されかけた因縁の相手ってところかな?まぁあの経験が無ければ今の俺は無いからなんとも言えないんだけどね。」


ミハイが驚いた表情をこちらに向ける、いや俺も最初から強いわけでもないし今でさえ弱くは無いが決して強くは無い。


俺たちは食後間もないと言うことも加味してゆっくりと歩いて向かった。



「な…んだって…そんな馬鹿な…。」


俺は眼前に広がる光景に驚愕していた、俺の眼前では今まさに魔法学校の教師が3人でオーガを囲むようにして戦っていた、前衛が一人その後ろに中衛が二人というお手本のような陣形で非常に連携の取れた戦い方をしていた。


俺が驚いているのは教員たちの巧みな連携でも無ければ、それに対するオーガの力強さでもない。

教員が3人がかりでまだオーガとだらだら戦っていることに驚いていた。


「嘘だろ流石に弱すぎないか?」


俺は思わず思ったことがそのまま口をついて出てしまう、いやだがそれにしても弱い、弱すぎる。このまま行けば辛勝どころか負けもあり得る。


「あっ…死んだなアレ。」


前衛の剣による近接攻撃はオーガの握る大きな棍棒にあっけなくはじかれる、それにより前衛の教員は致命的な隙を晒す、剣をはじかれたことで身体は伸びきりもはや受け身の取りようもない、いくら鈍重な動きのオーガとは言えこの隙を見逃すはずもなく棍棒は吸い込まれるように教員の脇に命中、そのまま振り抜かれあっという間に教員の上下がお別れした。


唯一の有効打を与えかつ時間を稼ぐ前衛という役割が死んだとなればもうこれはどうしようもなく詰みである、後ろの二人が死ぬのはもはや時間の問題となった。


そう間も開かず残りの二人も棍棒の餌食となり吹っ飛ばされた。


「うーん…まぁあの膂力は厄介だな、それでも人数有利での負けはあり得ないけどな…」


ミハイはもう額に手を当て大きくため息をついてしまっている。オーガははこちらに気がついたらしくゆっくりと近づいてくる。


「さぁ久々にやろうか、お前からすれば同族のリベンジマッチだが…俺にとってはただのエキシビションマッチってところだ。」

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