第14話


「それにしても本当に良い買い物をしたもんだね。」


アルスはケイからの報告書に目を通すと暖炉に放り込む、仕事にとりあえずの一区切りをつけ大きく伸びをする。


「ダンジョン一個と得体の知れない魔物一体、最初こそ大損かと思ったけど蓋を開けてみれば損どころかこっちが払わなきゃいけないくらいの買い物だったな彼は…」


アルスは毎月ケイから送られてくるクスリのあがりを見る、袋いっぱいに詰まっているのは金貨で、もう送らなくても良いと言っているのだケイは譲らない。そんな袋に詰まった金貨が所狭しと床を占領している。


これでも一応部屋一つを潰して金庫にしたのだがそこからあぶれた分が執務室の床に転がっているというわけだ。ケイは贅沢を好まないらしく金には無頓着だった、残念なことにアルスもさして金に興味は無かったことが災いしこの状態に陥ってしまったというわけだ。


もう置き場もないので最近では本部のほうにもいくらか送っている、そのせいで本部からの評価が最近嫌に高くなっている、言わずもがな張本人である彼の評価も上がっており本部からは毎日のようにケイの本部への出頭命令が出ている。

馬鹿どもにくれてやるにはいくらか値が張りすぎる彼、自分はあまり物事に執着するタイプではないがケイに執着しないようでは上に立つ資格が無いと言えよう、それほどに彼は出来過ぎた人材である。


先ほどみた報告書では眷属諸共レベル30に達したと書かれていた、本来ならあり得ないと一笑に付すところだが丁寧にレベリング方法まで報告されていればその通りではない、まさか擬似的にダンジョンボスをするとは思わなかったしこれには笑わせて貰った。


人間に成りたい彼が人間を食いものにしているのだから、これ以上の悲劇はないのかもしれない…いやもしくは至上の喜劇かもわからない。


スキルも既に成長が始まっており、カリスマは既に支配者の卵の域に至った。眷属は神秘というスキルに変わったらしいがこれは完全に彼固有のものだろう。


恐るべき、というのが彼を形容する際最も正確なのかもしれない。


ミハイと呼ばれている彼女もなかなかに異常な存在ではある、まずただ単純に強い、併せて彼に神秘というスキルを獲得させたのが間違いなく彼女であるという点だ。


本来神性というものは神かそれに属するものに備わっているもしくは与えられるものなのだが、後者の与えられる神性の場合信仰対象とされ一定の信仰を集める必要がある。


ケイの場合は後者の与えられた神性による神秘というスキルの発現だと考えられるのだが、この神性を得るに値する信仰をミハイは彼女一人でやってのけたということが群を抜いて異常だ。彼女一人でケイに神性を持たせるほどの信仰をしているとなればそれはもう信仰と言うよりか狂信の方が近い。


現在の彼は極々微少ながら神性を持ちそれを信仰する信徒がいる、言うなればそれはもう彼を主神とした神話体系を持つ宗教である、彼自身にそんな気は微塵もないだろうが…。


軽く一息つくとカップに注がれた紅茶に口をつける、既に大分温くなってしまっていたが別段気にすることでも無かった。


ケイにはそろそろ魔法学校に入学して貰う時期だ、以前にも言ってはいたのだが念のため指令書という形でこちらから再度通告しておく。

簡潔に内容だけを書いた指令書をしたためてケイのところへ転移させておく。


「王都魔法学校…さてこれがケイにどんな影響を与えるのか…いや逆の可能性も彼の場合考えられるのか?いやはや楽しみなものだね。」


自身も知らぬうちに口元が緩んでいることに気がつく、軽く咳払いをして正すとアルスは再度仕事へと戻るのであった。



ケイは魔法学校入学試験の準備兼情報のすり合わせの為アルスに呼び出されていた、私も当然のごとくついて行くものと考えていたのだがケイ様に「たまには一人の時間も必要だろ?俺もミハイも。」とやんわり断られてしまった。


私としてはケイ様の隣が一番安らぎに近い場所なのだが…そう言われてしまえば食い下がることもできないので素直に家で待つことにした。

思えば私一人の時間はあのダンジョン以来だった。


この世では有性生殖と無性生殖での個体の増え方が主な種類である、これは魔物も例外ではなく私の場合はおそらく後者である。


なぜなら生まれたとき…というより自我が芽生えた時には私の周りに同種の個体は存在していなかったからだ、本によればそういった無性生殖の個体の多くはダンジョン内の魔力の淀みや歪みが関係して生まれてくるそうだ。


別に孤独は感じなかった、最初から一人だったのだから感じようもないといえばそうなのだが…しかし今はどうだ無性にケイ様に会いたい、顔が見たいその気持ちで胸が一杯だ。


あの方は私を見て美しいと言われた、そして気高いとも。その言葉だけで私の生は救われてしまった、それはもうどうしようもなく。


初めて他者から賞賛され賛美された、それも自身よりも圧倒的に美しく気高い強者に。


嬉しかった、ただただ嬉しく身が震える思いだった、同時に私は自分の程度の浅さというものに嫌気も差していた。


確かに私はケイ様に命を救われた、レベルまで分けて貰い以前では考えられないほどの力も手に入れた、とても筆舌には尽くしがたい恩がありだから私の命を賭してお仕えする、これは事実だ。


だが実際のところなんてことはない、褒められたのがただ嬉しかっただけなのだ、そしてもっと褒めて貰いたい、そんな年端もいかない糞ガキのような思考からこの気持ち忠誠心は来ているのだ。


私は自分を恥じた、そして酷く悩んだ、これでいいのか?こんな安易で愚直な考えでこの方に仕える資格が果たしてあるのか?と。


気がつけば私は我が主に問うていた、私はただただ認められ、褒められたいその一心で仕えているのかもしれない、果たしてそれでいいのかと。


「良いんじゃないか?そもお前の主からして人間になれるかもわからないものになれる気がするってだけでここまで来たんだ。その配下が褒められたいってだけで付き従う、それもまた理由としてなり立つような気はするぞ俺は?」


ケイ様は私の顎に手を添えこちらを見据える。


「俺が考えない分ミハイが色々考えてくれているのは正直助かってる、俺の方こそミハイに見限られないように目一杯褒めてやらんとな!」


ケイ様はおどけたように言うと私の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「そんな…見限るなど…滅相もありません。」


嬉し恥ずかしで言葉は上手く紡げなかったが頭を撫でられる多幸感に身を任せていた。


そんな昔話を思い出すと今でも顔に血が上がってくる、誰がいるわけでも無いが口元に手を当て笑みをこらえる。


不思議な方だとは今でも思う、見た目通り15歳ほどのあどけなさを見せるときもあれば異常なまでの冷酷さも持ち合わせている、外面は謙虚だがその実腹の中では何を考えているのかということは一番近くで見ているであろう私にも推し量ることは難しい。


ケイ様が帰ってくるまで特にやることも無い、私は暇に耐えかね灰皿に残った吸いかけの煙草に手を伸ばし火をつける、吸ったことは無かったし匂いはどちらかというと嫌いな方だった。ただケイ様の吸っているものと考えるだけ煙も何処か愛おしく感じた。


「……髪に匂いがつきますねこれは……フフッ。」


しばらく紫煙をくゆらせると煙草の灰はゆっくりと灰皿へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る