第12話


半年の月日が過ぎた。


俺たちは同じ毎日を過ごしていた、朝起きて腹を空かしたままギルドに出向きダンジョン関連の適当なクエストを受注して日が暮れるまで魔物を殺して喰らう、ただ強くなるためそんな日々を馬鹿の一つ覚えのように繰り返していた。


ずーっとそんな日々を続けているといくつかの発見があった、まず飽きるほどボスを殺したためその魔石により金の心配がほどんど無くなったこと、また最近は魔物を喰っているため食費もほとんどかからず、むしろ俺とミハイの間では普通の食事は酒と煙草と同じように嗜好品の扱いになっていた。そしてこれが最後にして最大の発見だったのだが、レベルの上がりが急激に鈍化した。


レベルの鈍化は俺がレベル12、ミハイは18になった時から急激に現れた。最初は特に気にしていなかった、まぁそんなもんだろうと思っていたのだ。しかし2月ほど経ってからミハイのレベルが全く上がらないことにおかしいなと疑問を抱き始めた、そこからその疑念が確信に変わったのは1月ほど経って起きたある出来事からだった。


ミハイを連れてダンジョンに向かう途中遭遇した魔物を殺すといきなりミハイも俺もレベルが上がったのだ。決して強い敵ではなかった、むしろダンジョンで出る魔物の方がレベルが高く得られる経験値も多いはずであった。


その日はダンジョンではなく普通にそこらの森や山など野生の魔物を狩ってみることにした、ダンジョンほどのペースで魔物と遭遇することはなかったが何故かレベルが上がった。流石にミハイは19から上がることは無かったが俺はその日だけで2レベル上がり14になった、ミハイも経験値がダンジョンの魔物を狩るよりも入っていると言う。


何故?、喉にかかった魚の小骨のような疑念は晴れることは結局無かった。野生の魔物はダンジョンのようにただ階層を進めれば居るわけではなく自分たちで探した上にその魔物が経験値効率が良い保証は無い。


そんな不確定な要素が多すぎるものに割く時間はないということでレベリングはいったん中断し、新しいスキルと知識の獲得に併せてクスリの販売を再開するという方針に切り替え今後動いていこうと決めた。


日の出ているうちは文献を読みあさり知識を蓄え、新たなスキル獲得への道を模索した。日が落ちてからは人間を適当に雇いクスリを売り、裏切った人間を処分する時間に充てた、そうして3月ほど過ごした。


ある日、ミハイが買い物袋を抱えて家に帰ってくる。


「ただいま戻りました、ケイ様。」


「おかえりミハイ。」


俺は読んでいる本をいったん置くとミハイに向き直る、ミハイは買い物袋から食材を取り出すと長い髪を高い位置で結って台所に向かう。


「今日はスープとパンですがよろしいですか?」


「ああいつもありがとう。」


「毒は何にされます?」


「いつもみたいに全部入れてくれて構わないよ、味は落ちるが…良薬なんとやらだな。」


ミハイは軽く俺に笑いかけると昼食の準備を始めた、ミハイは時間を見つけては料理本を読んでいるらしく最近料理の腕をめきめきと付けている。毒といったのは隠語でも符丁でもなく言葉の通り麻痺、幻覚、なども含む毒である。


スキルの習得をするに当たっての情報収集の過程で状態異常系の耐性はとにかくその状態異常にかかるほかなさそうということが分かった。それから俺とミハイはこうして意図的に毒を食事に入れるようになった。


最初こそ一日動けないなどざらにあったし魅了系の耐性をつけようとしたときなど特に酷かった。今では積み重ねの成果もありドラゴンが動けなくなるほどの毒を摂取してもビクともしないほどになった。


トントンと小気味良い音をBGMに俺は読書を続ける。『ダンジョンとその生物性』という本で読み物と言うよりは論文に近い本だ、非常に読みにくい本だがなかなかに面白い、ダンジョンとは果たしてただの洞窟なのかそれとも何体もの魔物を自身の内部に飼っている生き物なのかという論点で考察されている。後半でオカルト的な考察が入り最終的に神の遺物という風呂敷のたたみ方さえしなければ割と好きな部類の本ではある。


「そういえば一月前にクスリの売人に雇ったあの女、仲介料マージンをもっと増やせって最近言ってきました、処分しておきますか?」


ミハイは振り返らず野菜を切りながら話しかけてくる、人を覚えるのはどうも苦手でどんな奴だったかと考えたが思い出せそうも無い。


「ミハイに任せる。」


俺は本に目を落としながらミハイにそう言う、ミハイは鍋を火にかけスープの準備を始めながら短く了承した。


「それとケイ様とよく行っていたあの初級ダンジョン近々閉鎖されるそうです。」


「あれは王国管理下のダンジョンだったはずだよな、それが閉鎖?」


「噂によると王子の魔法学校への入学が迫ってきたためレベル上げでダンジョンコアを砕かせるためではと言われています、国がダンジョンを管理しているところでは珍しいことではないようですよ。」


「なるほど、羨ましい限りだな労せずレベリングとは、これで踏破者のスキルが貰えるんだったら俺も王族に媚びを売っておくんだったかな。」


俺は自分がダンジョンに居た頃を思い出し鼻で笑う。


「いいえケイ様、踏破者のスキルは天然?のダンジョンコアの破壊が条件です。この場合レベルは増えるでしょうが踏破者は貰えないでしょう。」


「そうなのか?」


「ええ、以前本で読みました、国で管理されているダンジョンのコアは人工的に造られたものでそう言ったコアを破壊してもスキルは習得できないそうです。」


「それは知らなかった、…となるとダンジョンは閉鎖と言っても一時的なものでまた再開するのか…後で詳しく教えてくれ、本もあるようなら目を通しておきたい。」


「了解しました。」


ミハイは料理を終えこちらに食器を持ってくる、俺は本を片手にパンを食べる、行儀は悪いがそれを咎める人間はここにはいない。


「ミハイまた料理の腕を上げたな、美味いよ。」


「恐縮です、今日はいつもより味を濃いめに作ってみました、なにぶん毒をいつもより多めに入れましたからそのせいかと。」


確かに全身に軽い麻痺による硬直と指先が震えている、これでは読書は難しそうだと俺は本を置く。ミハイも若干指先が震えている、これだけ見ると非常に異様な光景だが俺たちはにとっては既に日常の一部になってしまった光景である。


「クスリの儲けも安定してきました、やはりその日暮らしの人間どもからメイン層を中流階級に切り替えたのが功を奏したようです。以前は一人が一回買って廃人になって終わりでしたが、幻覚剤の濃度を薄めて依存度を高めたところ金銭的猶予のある人間が常習的に使うようになりました。」


「…足はつかないのか?」


「基本的にステータスカードも持っていないような、社会的には存在すらしていない人間を売人として雇っているためその問題は無いかと。ただ…」


ミハイはこちらを伺うような表情をしながら言いよどむ、俺は食い終わった食器をまとめておく。


「歯切れが悪いな?どうした?」


「申し訳ございません先ほどと同じになってしまうのですが、やはり仲介料マージンを要求するものどもが厄介でして、自分たちで売ってた頃の方が単価ごとの利益は高かったですし、下手に長期に雇用するとそこから足がつく可能性はゼロではありません。」


なるほどなと思いながら煙草を咥えるミハイが火をつけようとライターを取り出すが手で制する、どうせお互い腕が震えているのだがから自分でつけた方が早い気持ちだけ受け取っておくとしよう。


「いっそ仲介料マージンを上げるってのはどうだ?」


「というと?」


「奴らは刹那的な金の使い方をする馬鹿どもだが所詮人間だ、ある程度決まった収入を見込めるようになればどうせ貯蓄を始めるだろう、一度上げた生活水準を落とすことを人間は忌み嫌う、そこで増長してより増額を要求してくるなら殺してすべて奪ってまた新しい人間を雇えば良い。」


「御慧眼感服いたします。」


ミハイは深く頭を下げる、まあ当面はこれで試して駄目ならまた新しく考えるかと思いながら紫煙をくゆらす。


仲介料マージン…途中まで上げて…最後に全てを奪う……


「…やられたなぁ…」


俺はこめかみに手を当て眉間にしわを寄せる、大きくため息を一つつくと煙草を一吸いする。窓から差し込んだ光に煙が吸い込まれていくように渦巻きそして消えていく。ミハイは何のことかと首を傾げ俺をのぞき込んでくる。


次の瞬間俺は全身から漏れ出す殺気を押さえられなかった、煙草を握りしめた手は俺自身の指をへし折り雑巾を絞った時のような量の血を床にぶちまける。ミハイは突然の俺の殺気に膝をつき身体を異常に震わせ俯き嘔吐をこらえている。


俺は潰れた左手の痛みで我に返る、ミハイに軽く謝罪をしながら頭を右手で撫でてやると次第にミハイの顔色は戻っていく。


「ど…どうなされたのですか…ケイ様…」


ミハイはおどおどとしながら俺に問い抱える。


仲介料マージンだよミハイ、俺たちがダンジョンで得ていたはずのレベルと経験値はその分ダンジョンコアに支払われていたってことさ。」


ミハイはまだ先ほどの殺気から立ち直っていないのかイマイチ理解が進んでいない。


「要は王国によって俺たちは利用されていたってわけだ、ダンジョンで殺しても殺してもレベルは上がらないのにダンジョン外で殺した魔物からはちゃんとレベルが入った。」


ミハイははっとした表情になる。


「おそらくダンジョン内での魔物の経験値はいくらか仲介料マージンとしてダンジョンコアに吸われてる、そんなことも知らずに俺たちは嬉々として王子のレベリングを手伝ってやったわけだ、全くホントにむかつくぜ。」


それから王子が15才では異例の23レベルになったということで大規模なお祭りごとが起きたのは1月も経たないうちだった、民衆が手を振る王子に向かって笑顔で迎える中二人の男女が苦虫を噛みつぶしたような顔で見ていたことは言うまでもない。

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